ホットケーキ
第八章 『結婚式』
まだ夏の暑さが残る9月、結婚式に呼ばれた。一緒に呼ばれたアシスタントの大沢くんと二人、ホテルのロビーで見知った人たちと挨拶を交わしながら、本当は彼は気が気ではなかった。自分たちはよく一緒に仕事をする社外の仲間としてこの結婚式に呼ばれたけれど、同僚とか先輩とか後輩とかとにかく同じ事務所の人間としてあの彼女も呼ばれている可能性は多いにあった。もしかしたら家族ぐるみで、ということだって…。
そして、とうとうクロークの横を通る彼女の後姿を見つけた。湖山の心臓はやはりどきどきと鳴った。玉虫色のチャコールグレーのワンピースを着ていた。ケリーバッグを下げて右腕に白銀の薄い上着のようなものを抱えているのが見えた。髪をアップスタイルにして、浅く開いたワンピースの背中と首筋がスッキリと美しかった。屋上で見た彼女の美しさは自分だけが気付いたはずだったのに、こんな所でドレスアップした彼女を見ると、彼女と同じ事務所の男性全員が自分の恋敵のように思えた。
披露宴が始まった。高砂からちょうど対称のテーブルだったので湖山からは少しも彼女が見えなかった。高砂席を気にするふりをしてたまに体を反らしたり前にしたりしてみたがやっぱり彼女の席が見えなかった。でも、どうやら彼女は一人で出席しているらしかった。うまくすると二次会で少し話す機会があったらと思ったけれど、結局彼女は二次会には出席していなかった。
皆が楽しい酒を飲み交わし例の如く羽目を外す奴の一人や二人がいてそんな仲間を気遣う人、そ知らぬふりの人、いつもとは違うスーツスタイルの男性陣、華やかな女性陣の色とりどりのワンピースドレスやスーツ、ホテルやお店から分けられた花束が湿気を帯びた夏の終わりの夜に香っている。仲間の新しい門出を祝う群は、そこだけが大都会に咲いた大輪の花のように、バーの店先の薄明りの下に揺れて、そしてたった数分だけ咲いて花は散り散りになっていった。夏が終わる。こんな都会の真ん中でも、人々が去って行った後にはどこからか虫の音が聞こえてくるのだった。
都会の路地から見える高層ビルの灯りは休日のせいかいつもよりいくらか少ないように見える。この東京中に幾つの窓があるのだろうか。そして今は幾つの窓に灯りが灯っているのだろうか。彼女がいる部屋の窓はどこにあってどんな風に光が灯っているのだろう。テーブルの上に白いお皿を置く彼女を想像してみる。そんな所帯じみたしぐさをさせているのに、なぜか彼女は先ほど着ていた玉虫色のワンピースを着ているのだった。湖山は携帯電話のカメラで都会の夜を切り取ってみた。ホテルの臙脂色の絨毯、陽光色の光、チャコールグレーのワンピースを着た彼女がまっすぐ前を向いて歩いていく後姿を思い出した。髪を結い上げた襟足、首筋と背中。フレンチスリーブからのびた腕。けして若くはない、けれど、彼の心を捉えて離さない、何がそうさせるのか本当に少しも分からないのだけれど。
先ほどまで並んで歩いていた大沢くんが自分を呼んだ声が路地に響いた。携帯電話をスーツの胸ポケットにしまいながら駆け足で後を追った。ワイシャツの袖が煩わしく両手をパンツのポケットに手を突っ込むと、先ほどのバーで配られたゲームの半券が手に触った。バツゲームの時に手を叩きながら同時にのけぞって笑っていた新婚さんの二人の姿が頭に浮かんだ。
そして、とうとうクロークの横を通る彼女の後姿を見つけた。湖山の心臓はやはりどきどきと鳴った。玉虫色のチャコールグレーのワンピースを着ていた。ケリーバッグを下げて右腕に白銀の薄い上着のようなものを抱えているのが見えた。髪をアップスタイルにして、浅く開いたワンピースの背中と首筋がスッキリと美しかった。屋上で見た彼女の美しさは自分だけが気付いたはずだったのに、こんな所でドレスアップした彼女を見ると、彼女と同じ事務所の男性全員が自分の恋敵のように思えた。
披露宴が始まった。高砂からちょうど対称のテーブルだったので湖山からは少しも彼女が見えなかった。高砂席を気にするふりをしてたまに体を反らしたり前にしたりしてみたがやっぱり彼女の席が見えなかった。でも、どうやら彼女は一人で出席しているらしかった。うまくすると二次会で少し話す機会があったらと思ったけれど、結局彼女は二次会には出席していなかった。
皆が楽しい酒を飲み交わし例の如く羽目を外す奴の一人や二人がいてそんな仲間を気遣う人、そ知らぬふりの人、いつもとは違うスーツスタイルの男性陣、華やかな女性陣の色とりどりのワンピースドレスやスーツ、ホテルやお店から分けられた花束が湿気を帯びた夏の終わりの夜に香っている。仲間の新しい門出を祝う群は、そこだけが大都会に咲いた大輪の花のように、バーの店先の薄明りの下に揺れて、そしてたった数分だけ咲いて花は散り散りになっていった。夏が終わる。こんな都会の真ん中でも、人々が去って行った後にはどこからか虫の音が聞こえてくるのだった。
都会の路地から見える高層ビルの灯りは休日のせいかいつもよりいくらか少ないように見える。この東京中に幾つの窓があるのだろうか。そして今は幾つの窓に灯りが灯っているのだろうか。彼女がいる部屋の窓はどこにあってどんな風に光が灯っているのだろう。テーブルの上に白いお皿を置く彼女を想像してみる。そんな所帯じみたしぐさをさせているのに、なぜか彼女は先ほど着ていた玉虫色のワンピースを着ているのだった。湖山は携帯電話のカメラで都会の夜を切り取ってみた。ホテルの臙脂色の絨毯、陽光色の光、チャコールグレーのワンピースを着た彼女がまっすぐ前を向いて歩いていく後姿を思い出した。髪を結い上げた襟足、首筋と背中。フレンチスリーブからのびた腕。けして若くはない、けれど、彼の心を捉えて離さない、何がそうさせるのか本当に少しも分からないのだけれど。
先ほどまで並んで歩いていた大沢くんが自分を呼んだ声が路地に響いた。携帯電話をスーツの胸ポケットにしまいながら駆け足で後を追った。ワイシャツの袖が煩わしく両手をパンツのポケットに手を突っ込むと、先ほどのバーで配られたゲームの半券が手に触った。バツゲームの時に手を叩きながら同時にのけぞって笑っていた新婚さんの二人の姿が頭に浮かんだ。