ホットケーキ
第九章 『夢』
相変わらず彼女との接点は何もなく時は過ぎていった。そして気がつくと一つ前恋を思い出すときに辛くなるような事ももうなくなった。着信履歴も、水族館も、電車も、彼の日常生活の他のすべてのものと同じようにそこにあるだけになった。
夜遅い夕食だった。時々鍋が食べたくなるが一人で食べるのがいやなので撮影の後、大沢くんを誘う。
「湖山さん、夢とかありますか?」
鍋をつつきながら彼が問う。
「夢?夢、ねぇ・・。お嫁さんを貰う事、とか?」
「今回もだめだったんすもんね?」
「知ってたの?」
「そりゃー・・・、なんとなく・・・。」
「そっかぁ・・・」
「何年一緒にやってると思ってるんですか~。俺、多分、ちょっとした奥さんよりすごい分かってると思いますよ?うん。」
「そうね、そうなのかもね・・・」
「でもこんな風に言えるようになってよかったですよ。失恋って、立ち直るのに恋をしていた時間の半分が必要だって聞いた事ありますけど、どうなんでしょうね。」
「半分か、そうねえ、それくらい掛かるのかもね。半分。ってことはまだすっかり癒えてないのかもしれないなあ。」
「内容の濃さにもよるんじゃないですかね?」
「おーまーえーねー。それなに?俺が内容薄い恋愛してたって言いたい?」
「いやいやいや、そらもう、ご本人にしか分かんないッスよねーえ?」
小鉢に野菜と肉をとってくれながら笑った大沢くんの顔はどこか思いやりに満ちていていつもよりも大人びて見えた。本当にいい仲間に出会えたんだな、と思う。
「夢か・・・」
「うん、夢。その話をしてた時、そっか、俺も夢に向かってるように見えるんだなあ、って思ったんですよ。こう言ったら変に聞こえるかもしれないですけど、自分にとっては業界に入ったところで夢を叶えてて、そんでアシの仕事はすごく楽しくて、なんかね、俺はカメラマンになりたいとかすごく考えている訳でもないんです。アシスタントっていう仕事がすごく好きなんです。でも友達は俺がカメラマンになるためにアシスタントやってると思ってるから、こうやってアシやってるのは夢に向かって頑張ってる姿に見えるみたいなんですね。でも実際はそうじゃない。そりゃあ、色々あるけど、でも、頑張ってるっていうよりなんつーか・・・。そんで、じゃあ、俺って夢あったかなーとか考えちゃって」
休みなく箸を口に運びながら照れもなく「夢」という言葉を使う彼を頼もしく思った。自分が「夢」なんて言葉を使ったのはどれくらい前なんだろう。
「ふーん、そうか・・・。うーん、そうだなあ、俺はカメラマンになりたいって思ってこの業界に入ったから、就職もアシスタント時代もまだ夢が叶ってないって感じだったな・・・。」
「で、今はカメラマンになって、夢が叶ったってことですよね?」
「そうだね。そうなるよね。」
「今、夢、ありますか?夢を叶えたあと、その夢ってなんつうかもっとこう、日常レベルに下がって来ますよね?憧れとかそういうんだったものが現実になったときってどこか違うじゃないですか?そしたら次の憧れを探すのかっていうとなんかそれと違う気がしませんか?」
「うんうん、分かる、分かる。そうねぇ・・・なんだろうなあ・・・。俺の場合は、カメラマンになってからはそれを軸に少しずつ目標が出来てそれを達成していく感じだったかな。ひとつのオファーをどれくらい満足できて満足してもらえるか、とか、一年間でこれくらいオファーが来るようにしようとか、そういう目標を少しずつクリアしてく、そうやってそれを積み重ねていくっていうか。そうだな、こうやって仕事をしていけるように、それが夢かな。」
「そうだ・・・そうですよね。僕もそうだと思います。この仕事をずっと続けて行きたい、それが夢だ」
同じ仕事に携わっていてもいろんな「夢」の形がある。取り組み方は似ているけどやっている事が違ったり、やっている事は同じなのに取り組み方が違う人もいる。カメラマンとしての自分、それを全力で支えようとしてくれる人。
「結婚とかも、そうなんすかね。」
「え・・・?」
「好きだなーって思って付き合っていつか結婚して、毎日毎日一緒にいたら恋心とかもなんか違った形になって、それでもこいつと続けていこう!って思えるのが結婚なのかな、って思うんです。」
「そうだな、そうかもな。」
「でも、男と女ってそんなに簡単じゃないですよね。」
「うん、そうだな・・・」
「ずっと続けていこう!って気持ちを維持できるかどうか、自信がなくなるんです。それに、俺が維持できたとしても、相手が維持できるかどうかは俺にはどうにも出来ないことじゃないですか?」
「うん」
「分かってもらえます?」
「うん」
「湖山さんには分かりすぎますよね?」
「おいおい」
どうだろうな、分かっているのだろうか。こいつと続けて行きたいなんて思ったことがないから今までこうして独りなのではないか。
「結婚、って、『こいつと続けていこう』って思える相手がいるなら、それが大事なんじゃねえのかな?続けていけるかどうかってのはあまり考えなくていいような気がするけど」
「どうして?離婚とかヤじゃないですか」
「うーん。そうだよ、ヤだけどさ、それこそ相手の気持ちもあるからそういうのって100%の自信を持ってってありえなくない?」
「ありえないっすね。」
「だろ?だから『こいつと一生続けてみてもいいな』と思う相手がいたら結婚していい、と思う。」
「したことないから分らないけど!」
良く分かっている奴だ。声を揃えてその一言を言った時、こういう奴が自分の奥さんだったらいいんだろうなあと思った。
夜遅い夕食だった。時々鍋が食べたくなるが一人で食べるのがいやなので撮影の後、大沢くんを誘う。
「湖山さん、夢とかありますか?」
鍋をつつきながら彼が問う。
「夢?夢、ねぇ・・。お嫁さんを貰う事、とか?」
「今回もだめだったんすもんね?」
「知ってたの?」
「そりゃー・・・、なんとなく・・・。」
「そっかぁ・・・」
「何年一緒にやってると思ってるんですか~。俺、多分、ちょっとした奥さんよりすごい分かってると思いますよ?うん。」
「そうね、そうなのかもね・・・」
「でもこんな風に言えるようになってよかったですよ。失恋って、立ち直るのに恋をしていた時間の半分が必要だって聞いた事ありますけど、どうなんでしょうね。」
「半分か、そうねえ、それくらい掛かるのかもね。半分。ってことはまだすっかり癒えてないのかもしれないなあ。」
「内容の濃さにもよるんじゃないですかね?」
「おーまーえーねー。それなに?俺が内容薄い恋愛してたって言いたい?」
「いやいやいや、そらもう、ご本人にしか分かんないッスよねーえ?」
小鉢に野菜と肉をとってくれながら笑った大沢くんの顔はどこか思いやりに満ちていていつもよりも大人びて見えた。本当にいい仲間に出会えたんだな、と思う。
「夢か・・・」
「うん、夢。その話をしてた時、そっか、俺も夢に向かってるように見えるんだなあ、って思ったんですよ。こう言ったら変に聞こえるかもしれないですけど、自分にとっては業界に入ったところで夢を叶えてて、そんでアシの仕事はすごく楽しくて、なんかね、俺はカメラマンになりたいとかすごく考えている訳でもないんです。アシスタントっていう仕事がすごく好きなんです。でも友達は俺がカメラマンになるためにアシスタントやってると思ってるから、こうやってアシやってるのは夢に向かって頑張ってる姿に見えるみたいなんですね。でも実際はそうじゃない。そりゃあ、色々あるけど、でも、頑張ってるっていうよりなんつーか・・・。そんで、じゃあ、俺って夢あったかなーとか考えちゃって」
休みなく箸を口に運びながら照れもなく「夢」という言葉を使う彼を頼もしく思った。自分が「夢」なんて言葉を使ったのはどれくらい前なんだろう。
「ふーん、そうか・・・。うーん、そうだなあ、俺はカメラマンになりたいって思ってこの業界に入ったから、就職もアシスタント時代もまだ夢が叶ってないって感じだったな・・・。」
「で、今はカメラマンになって、夢が叶ったってことですよね?」
「そうだね。そうなるよね。」
「今、夢、ありますか?夢を叶えたあと、その夢ってなんつうかもっとこう、日常レベルに下がって来ますよね?憧れとかそういうんだったものが現実になったときってどこか違うじゃないですか?そしたら次の憧れを探すのかっていうとなんかそれと違う気がしませんか?」
「うんうん、分かる、分かる。そうねぇ・・・なんだろうなあ・・・。俺の場合は、カメラマンになってからはそれを軸に少しずつ目標が出来てそれを達成していく感じだったかな。ひとつのオファーをどれくらい満足できて満足してもらえるか、とか、一年間でこれくらいオファーが来るようにしようとか、そういう目標を少しずつクリアしてく、そうやってそれを積み重ねていくっていうか。そうだな、こうやって仕事をしていけるように、それが夢かな。」
「そうだ・・・そうですよね。僕もそうだと思います。この仕事をずっと続けて行きたい、それが夢だ」
同じ仕事に携わっていてもいろんな「夢」の形がある。取り組み方は似ているけどやっている事が違ったり、やっている事は同じなのに取り組み方が違う人もいる。カメラマンとしての自分、それを全力で支えようとしてくれる人。
「結婚とかも、そうなんすかね。」
「え・・・?」
「好きだなーって思って付き合っていつか結婚して、毎日毎日一緒にいたら恋心とかもなんか違った形になって、それでもこいつと続けていこう!って思えるのが結婚なのかな、って思うんです。」
「そうだな、そうかもな。」
「でも、男と女ってそんなに簡単じゃないですよね。」
「うん、そうだな・・・」
「ずっと続けていこう!って気持ちを維持できるかどうか、自信がなくなるんです。それに、俺が維持できたとしても、相手が維持できるかどうかは俺にはどうにも出来ないことじゃないですか?」
「うん」
「分かってもらえます?」
「うん」
「湖山さんには分かりすぎますよね?」
「おいおい」
どうだろうな、分かっているのだろうか。こいつと続けて行きたいなんて思ったことがないから今までこうして独りなのではないか。
「結婚、って、『こいつと続けていこう』って思える相手がいるなら、それが大事なんじゃねえのかな?続けていけるかどうかってのはあまり考えなくていいような気がするけど」
「どうして?離婚とかヤじゃないですか」
「うーん。そうだよ、ヤだけどさ、それこそ相手の気持ちもあるからそういうのって100%の自信を持ってってありえなくない?」
「ありえないっすね。」
「だろ?だから『こいつと一生続けてみてもいいな』と思う相手がいたら結婚していい、と思う。」
「したことないから分らないけど!」
良く分かっている奴だ。声を揃えてその一言を言った時、こういう奴が自分の奥さんだったらいいんだろうなあと思った。