ボレロ - 第二楽章 -
着物を着て私に会いにきた彼女の心の中は、すでに決心がついていたのか。
それとも、私との関係にけじめをつけようとした気持ちのあらわれなのか。
ベッドの上の無邪気な顔も、私の家につかえる者たちの話を聞く好奇心旺盛な
顔も、すべては胸の奥にしまった事実を一時でも忘れるための造作だったと
いうことか。
先ほど瞳を潤した涙は、どうにもならない思いをはかなんだ辛い雫だったの
かと、このとき私は悟ったのだった。
「何も決まっていない、何も始まっていない。すべてはこれからだろう?」
「えぇ……」
突然訪れた事態に、迷い、悩み、どうにもならないと諦めかけている珠貴の
心をどうやって開こうか。
言葉を繋ぎながらさぐっていく。
決して弱気な姿勢をみせようとせず、常に何かに向かって走っている
彼女だが、私を頼っているからこそこうして体を預けてくるのだ。
強気な女性の言葉と裏腹な態度は、彼女より優位に立ちたいという私の
気持ちを強く引き出した。
「動き出すときがきたようだ」
「動き出すって、なにか手立てでもあるの?」
「そう言われると困るんだが……
まずは、向こうの動きを見極める必要があるな。
約束してくれないか。独りで決めたりせず、どんな些細なことでもいい、
相談してくれないか。そうでなければ動きようがない」
「はい……」
「いい返事だ」
珠貴は、返事の代わりに私の胸に腕を回し体をおしあててきた。
着物に移した香の香りが鼻先をかすめ、艶やかな雰囲気を醸し出す。
今夜のパーティーの主催者である永瀬夫人が、社交界の事情通である事を
思い出した。
いつもなら、こちらの動向を探るような質問をしてくるため煩わしく思う
ことも多かったが、今夜はこちらから探りをいれてみよう。
夫人なら何かを知っているのではないか。
奥方の話し相手をしていれば、グラスの中身を減らす努力をすることも
なさそうだ。
珠貴の着物の肩を抱きながら、私の頭はあらゆる方面へと動き出していた。