ボレロ - 第二楽章 -
できる限りの協力をと申し出たこともあり、一応の体面を保ちながらなんとか
会合を終えた。
私が関わるのはここまでですと、まるで決別を告げるように櫻井と珠貴に言い
渡すと、櫻井はあからさまにホッとした顔を見せ、珠貴は複雑な顔をした。
霧島君から、今までどうもありがとうございましたと友人らしからぬ律儀な
礼があり、食事の用意をしたので、ぜひ一緒にと断れない誘いがあった。
友人の手前駄々をこねるのもはばかられ、櫻井と一緒に食べても美味しくないと
思いながらも、表面は穏やかに、けれど腹の中では不承不承同意した。
霧島君にこれ以上余計な気を遣わせるわけにはいかない。
私と櫻井の不穏な空気を彼も感じているはずだ。
櫻井の挑発に乗るな……
唱えるようにくり返し、気持ちを収める努力をした。
先に会社に戻る浜尾君に午後の予定を確認して指示を与えていると、珠貴の
声が聞こえてきた。
携帯にかかってきた電話に小声で対応していたのだが、何かあったのか次第に
声が大きくなる。
『えぇ、それでいまどこに……わかりました。はい……そうします』
受け答えからもただ事ではない様子が伝わってきて、浜尾君も気になるのか
帰るために踏み出しかけた足を戻した。
珠貴は電話を終えると床を睨みつけるように見つめ 「どうしたんですか?」
の櫻井の問いかけにも返事をしない 。
立ち尽くしているというより持ちこたえていると言った方がいいその姿は、
全身で危機感をあらわしていた。
声をかけようと私が口を開いたのと同じくして珠貴が話しはじめたが、
いましがた見せた不安な様子を隠すように無理な微笑を浮かべている。
「霧島さん、申し訳ありません。
急ぎ戻らなければならなくなりまして、せっかくお誘いいただきましたのに」
「それはかまいませんが、何か……いえ、では車の用意をさせましょう」
霧島君は、何かありましたかと問いかけるつもりだったのだろうが、それを
口にしてはならないと言葉を飲み込んだようだ。
会社にトラブルがあったとしても、また家族に何かが起こったからといって、
珠貴の立場ではそれらを簡単に口にすることはなく、いかなることがあろうと、
社外の人間に身内の危機を知らせるわけにはいかないのだ。
珠貴のように後継者として教育を受けた者なら、なおさら心構えができている。
それがわかっているからこそ、霧島君は問いかけをやめ珠貴の立場を思い
やったと言えよう。
霧島君は企業人としての常識で冷静な対応を見せたが、珠貴から返事さえもら
えなかった櫻井は明らかに動揺していた。
珠貴さん、とまた呼びかけたが 「何でもありません」 とかわされてし
まった。