ボレロ - 第二楽章 -


「ここにいる誰も他言などしない。それは君がよく知っているはずだ」


「……父が倒れたの。入院したそうよ」


「大変じゃないか、早く行ったほうがいい」
 

「もし……」



もし……の先を珠貴に言わせてはいけない。

最悪の事態は想定するなと伝えたかった。



「病院に行くのが先だ。ほかは何も考えるな」


「宗……」



私の名を呼んだことで張り詰めた糸が切れたのか、こわばった体が揺れたと

同時に、櫻井と私の手が伸びた。

珠貴の手を取ったのは私が先だった。



「珠貴、しっかりしろ。まずは須藤社長の容態の確認が先だ。

困ったことがあれば言ってくれ。いつでも力になる」 



そう声をかけると、足に力を入れて体を立て直し、一時弱みを見せた顔が引き

締まった。



「ありがとう」


「うん、あとで連絡を……待ってるから」


「えぇ、必ず」



私の手をはずし姿勢を正すと、見つめていた他の三人へ頭を下げた。

思わぬ展開に驚きの目を向けていた霧島君は、いまのやり取りですべてを

悟ったようだ。

誰にも問いかけることなく私たち4人の立場を理解した彼は、すぐに車を用意

しますとだけ告げ部屋の外に待機していた秘書に声をかけたが、珠貴は霧島君

の申し出を遠慮した。

すでにこちらへ車が向かっていると言う。



「では、駐車場までご案内します」


「僕も一緒に行きます」


「いえ、大丈夫ですから、みなさまとご一緒に……お願いします」



珠貴にやんわりと同行を断られ櫻井はたじろいだが、駐車場まで送っていくと

言い張って譲らず、二人は急ぎ会議室をあとにした。

ほどなく浜尾君も帰って行き、会議室には私と霧島君だけが残った。



「近衛君と珠貴さんは……そうだったのか。

須藤社長はご存知ではないのだろう?」


「だから、君と須藤社長の間を取り持つために名乗り出た。

顔を覚えていただくために……そういうことだよ。すまない」


「すまないなんて言わないでくれ。

君の力があったから、こうして上手く運んだんだ」


「そうだが」


「彼がライバルか……近衛君なら大丈夫だよ」
  


霧島君の手が私の肩に置かれ、その手は安心しろと言ってくれているよう

だった。




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