ボレロ - 第二楽章 -
午後から面倒な会議がひとつ入っていた。
珠貴の返事が気になっていたが、携帯の着信に気を取られているわけにも
いかず、目の前の懸案を片付けていく事に没頭した。
ようやく体が解放されたのは夕方近くで、急ぎ着信を確認するとメールが一件
届いていた。
しかし、それは紗妃ちゃんからのメールで 『号外 ちいさい秋みーつけた』
の文字が躍っていた。
いつもなら朝だけのメールなのに、よほど私に見せたい風景だったのか、
気の早いクリスマスツリーと来年の新作水着の撮影会の模様が一枚に収まって
いる画像が添えられていた。
笑える光景に口元がゆるんだ直後に疑問がわいた。
珠貴が血相を変えて病院に向かったほどの病状なら、須藤社長のもう一人の
娘である紗妃ちゃんにも当然知らせがあったと考えられる。
気楽なメールなど送っている場合ではないはずなのに、なぜ……
それとも、思いのほか容態が軽かったのか……
珠貴からの連絡がないのも、緊急を要する事態ではなかったからなのか。
あれこれと考えてみたが、どれも私を納得させるものではなく、一人で考えても
解決にはならないだろうとの結論に至り、思い切って珠貴へ電話をかけたが
呼び出し音のあとコールセンターへ繋がった。
それではと、紗妃ちゃんへ電話をした。
『わぁ、近衛さんから電話って初めてですね。メール見てくれましたか』
『うん、見たよ。それより、お父さんは大丈夫だったのかな』
『父ですか? 父がどうかしたんですか?』
『えっ、入院されたと聞いたんだが』
『いいえ、誰かの間違いじゃないですか。
私、さっき父と話をしたばかりですけど……』
どういうことだ 。
珠貴は誰に呼び出されたのか、本当に病院に向かったのか。
『珠貴ちゃんにも電話したけど、何度かけても出ないって父が言ってました』
『そうなんだ』
『なーんだ。近衛さんも珠貴ちゃんに連絡したくて、
私に電話をくれたんですか。がっかりです』
電話の向こうから、私にも電話くださいね、それから……と弾けるような若い
声が聞こえていたが、その声がだんだん霞んでいく。
ざわざわと胸の奥がざわめき、不安が押し寄せる中、まず何をするべきかを
考えた。
うかつに動いてはいけない。
珠貴の身を案じつつ、私は策をめぐらせた。