ボレロ - 第二楽章 -
夕焼けの眩しさに目を細め、遥か遠くの風景を見つめた。
一日の終わりと告げる日が沈むさまは文句なく美しく、これからやってくる
夜へ引継ぎを惜しむように少しずつ姿を隠している。
暮れゆく空を睨みながら、珠貴と連絡が取れない理由を考えていた。
携帯の電源を切っているのかもしれないが、なぜ電源を落とす必要がある
のか。
電話ができない場所にいるのではないか、ではそれはどこだ。
単に私への連絡が遅れているとも考えられるが、父親の入院の事実はないと
知った時点で、私に知らせてくるはずなのに……
理由のいずれをとっても納得のいかないことばかりだった。
もし自分の携帯が使えなければ、誰かに借りることだってできるだろう。
数は少ないが公衆電話もあるのだから、体の自由がきくのなら、携帯がなくとも
連絡方法はいくらでも思いつくはずだ。
では体の自由が利かない事態に陥っているということか。
事故にあったのか、事件に巻き込まれたのか、それとも……とらわれの身に
なっているのか。
マイナス思考ではない私の脳も、今日ばかりはプラスに考えられないらしい。
なにより、直感が珠貴の身の危険を予知していた。
紗妃ちゃんへ電話をしたことから、須藤社長の入院の事実はないことを知った。
珠貴は誰に呼び出されたのか……
凍りつくほどの不安にかられたが、紗妃ちゃんに悟られないように、
『地下にでももぐってるんじゃないのか。
帰ったら私が探してたって伝えてくれるかな』
そう軽い口調で頼んだ。
『了解でーす』
やや甘えた高い声の紗妃ちゃんは、姉の危機をまだ知らない。
日が沈みきったあとに訪れる暗闇には、不気味な静けさがあった。
視界が狭まるように、だんだんと明るさを奪い取っていく。
見えない恐怖を駆り立てるごとく暗闇が迫っていた。
思えばおかしなことばかりだった。
須藤社長が倒れたと緊急の電話だったにもかかわらず、珠貴には入院先の
病院さえ知らされていなかった。
迎えが行くのでその車で病院に向かってくれとの指示で、彼女は疑いもせず車
に乗ったと考えられる。
櫻井が強引に一緒に駐車場まで行くと言い張ったことに気をとられ、私は肝心
な確認を怠ってしまったのだ。
動揺し判断力が鈍っている珠貴に、入院先を再度問い合わせるようにいい、
事によっては須藤社長が患う
疾患の専門医を紹介する事だって出来ただろう。
その前に、家族の誰かに問い合わせれば、電話が偽りであったことは見抜けた
はずだ。
悔やまれることばかりが浮かんでくる。
ひとしきりわが身を責め続けたが、後悔ばかりしてはいられないと頭を切り
替えた。