ボレロ - 第二楽章 -


「久しぶりの休暇だって? たまには休め。潤は働きすぎだ」


「そっくりそのままそっちに返すよ。宗だって休んでないじゃないか」


「ホント、お義母さまが、宗さんに長く会ってないのよとおっしゃってたもの」


「仕事が落ち着いたら顔を見せるよ」


「そうしてさしあげてね。なんだか良いお話もあるそうだから」


「良いお話ってのは遠慮したいけどね」


「あーっ、わかった。だからおうちに帰らないんでしょう。仕方のない人ね。 

さぁ、どうぞ。遠慮なくめしあがってね」



紫子が用意してくれた朝食は和食で、朝からこんなに食べさせるのかとため息

がでるほどの皿数が並んでいた。

それをまた、最近の世界情勢はどうだ、アジアの動向が活発だなどと難しい

話をしながら、潤一郎は綺麗に片付けていく。

これだけ食べっぷりがよければ作りがいもあるねと紫子にいうと、食べられる

ときに食べておくんですって、と聞き様によっては危なっかしい返事があった。

潤一郎の仕事の特異性もあるだろうが、満足に食事が執れない日のほうが多い

そうで、自宅にいるときはしっかりとした食事ができるよう心がけていると、

妻らしい発言だった。



「前置きが長いね。よほど深刻な問題を抱えているとみたが」


「おまえにはかなわないな」



深刻な話ほど持ち出しにくいと踏んだようで、私が話し出すのをじっと待って

いたのか、食事が済み箸をおくと、

「さて、聞きますか」 と腕を組み、潤一郎は身構えた。

弟には何もかも見透かされそうで、牽制しながら私は用心深く話をはじめた。

夫婦ふたりで並んで聞き入っていたが、珠貴の消息が不明だと伝えると紫子は

小さな悲鳴を上げた。
 


「……どうして珠貴さんが……

ご自分から身を隠すなんて、そんなことあるはずないのに。

失踪だなんて……」


「うーん、誘拐、監禁、拉致、どれにも当てはまりそうだね」


「そんな恐ろしいこと言わないで」



紫子は自分の身におこったことのようにうろたえ、次々と疑問をぶつけてくる。

持てる限りの情報を話すと、腕組みをといた潤一郎がまたも 「うーん」 と

言葉にならない返事をした。



「父に相談してみます。一刻を争うことかもしれないのよ、

悠長に考えてる場合じゃありません。

そうだ、叔父さまにもお願いしてみたらどうかしら。確か今は警視庁の……」


「大丈夫だと思うな。珠貴さんの身に危険は及ばないはずだ」



紫子の慌てふためく声に、潤一郎の落ち着いた声が重なった。



「どうしてそんなことが言えるの?」


「珠貴さんは一時的な人質だろう。

向こう側の要求が通れば、彼女は無事に帰ってくるよ」


「相手が危害を加えないと言い切れるのはなぜ?」


「珠貴さんは相手にとって大事な人だからね。

丁重な扱いを受けているはずだ。断言してもいい」


「わかったわ……潤一郎さんがそう言うのなら、きっと大丈夫ね」



夫婦の会話と言うのは、第三者にはなんとわかりにくいものなのか。

兄である私にも弟の言葉の意味はわからないのに、妻の紫子には理解できる

らしい。



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