ボレロ - 第二楽章 -


何を理解して紫子は 「わかったわ」 の返事ができるのか。

俺にもわかるように言ってくれと潤に迫ったが、いまはまだハッキリとは言え

ないのだと曖昧な返答だった。

諜報員としての経験と勘がそう言わせるのか、断言できると言い切るのだから 

かなりの自信があるのだろう。

ここは潤一郎の言葉を信じるしかないのだが、私にはいまひとつ納得できる

ものではなかった。

それでも今は、潤一郎の言葉を頼りにするしかない。

紫子のように夫の言葉だから信じられるという姿勢は、夫婦の絆の深さから

くるものともいえよう。

潤一郎と紫子が築いてきた信頼関係が、なんとも羨ましくみえた。



「とにかく調べてみるよ。僕が休暇中で良かった。

勤務中に動くのはさすがにまずいからね。

珠貴さんの叔父さんに会いたいが、僕と接触があったとわからない場所を

用意できるかな」


「狩野のホテルはどうだ。榊ホテルなら俺の部屋がある。

潤が出入りしても怪しまれない」


「いいね、そうしよう。珠貴さんの叔父さんにすぐに連絡を取ってくれないか。

それから、ホテルはツインかダブルも予約して。できたらいい部屋を頼む」


「そうだな、わかった」



今度は紫子が怪訝な顔をした。



「二人でわかりあったみたいな顔して……私にはさっぱりわからないんだけど。 

宗一郎さんのお部屋でお会いするんでしょう? 

確か、会社が契約してるお部屋だったはず。

なのに、どうして別のお部屋も予約するの? 

潤一郎さんが泊まるためのお部屋だったらシングルでしょう。 

それとも、誰かを宿泊させるためのお部屋なの?」


「潤と紫子が一緒に行動したほうが、怪しまれないだろう」


「そういうこと。念には念を」


「まだわからないわ」



イライラした顔の紫子に、潤一郎も私も笑い出した。



「誰かに会うためにホテルに出向くのではなく、ゆかと休暇を楽しむために

榊ホテルに行く。そのための部屋だよ」


「私も一緒に?」


「そう、休暇を楽しむ夫婦の振りをするためにね。

そのほうが怪しまれないだろう?

須藤さんに迷惑がかからないように、誰かに不信に思われないように、

幾重にも用心する必要があるからね。

どうせなら休暇も兼ねてゆっくり泊まるつもりだから、

ゆかもお洒落して行くといいよ」


夫の丁寧な説明に紫子はようやく 「そうなの……」 と納得し、素直に嬉し

そうな顔をした。






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