ボレロ - 第二楽章 -
兄弟でも仕事の顔を見ることは滅多にない。
事業に関係する情報を潤一郎から極秘に提供してもらうことはあるが、
それはすべての調査が済んだ結果のみを目にするのであって、弟の仕事は知っ
ていても実際に活動する姿を見るのは初めてだった。
紫子も私と同じらしく、食い入るように潤一郎の問いかける様子を見入って
いる。
知弘さんへ無駄のない質問と最小限の問いかけで、須藤家の状況を把握して
いく。
落ち着いた紳士の佇まいのある知弘さんも、姪の安否がわからないためか不安
を隠しきれない様子で、なおさら潤一郎の悠然とした姿が見えるのだった。
「お話はわかりました。先ほども申しましたが、
珠貴さんの身に危険が及ぶことはないはずです。
丁重な扱いを受けていると考えていいでしょう。
ですが、どんな形であれ監禁されていることに変わりはないのですから、
珠貴さんの精神状態が心配ですね。一刻も早く見つけ出さなくては」
「丸二日たっても、なにもわからないままです。兄や義姉の心中を思うと……
お願いします。お手数をおかけします」
「いいえ、僕も妻の頼みですから、なんとしても珠貴さんを探し出したい。
最大の協力をさせていただきます」
「あぁ、あなたにお話ができてよかった。そう言っていただくと安心します。
近衛さんではなく、名前で呼んでもかまわないでしょうか。
どちらも近衛さんと呼ぶのは……
それにしても、お二人はよく似ているが、雰囲気はまったく違いますね」
「そうでしょう! 宗一郎さんも潤一郎さんも、お顔は似ているのに、性格、
考え方、お好きなもの、全然違うんですよ」
それまで黙っていた紫子が身を乗り出して、私たち兄弟の違いを力説する。
違っていても兄弟の仲がいいではありませんかと、知弘さんが少し哀しい顔を
したが、すぐに表情をもどし、女性の好みも違うようですねと意味ありげな
目を私に向けた。
「それは……紫子のような女性は、私には無理だということですね」
「まぁ、ひどい」
珠貴と交際していると、弟夫婦は知らないのだと知弘さんには耳打ちしていた
のに、こんなところで意味深な言葉を持ち出され、危うくうろたえるところ
だった。
困りますと言うように大きな咳払いをしてその場を誤魔化したが、単純に頬を
膨らませている紫子はともかく、勘のいい潤一郎は何かを感じたのではないか。
今の会話に何の反応も見せない弟の顔に、ポーカーフェイスかと用心深く見て
いたが、その後もまったく普段と変わりない対応だった。
そればかりか、そんな話題には関心がないと言いたげに、こちらに来る前に調
べてわかったことがありますと話を戻した。
「櫻井祐介ですが、彼も姿がみえないようです。
会社側は病気だと言っていますが、それも怪しいですね」
「珠貴と一緒に、連れ去られたと考えられますか?」
「おそらくそうでしょう。病気のいいわけがいつまで持つか、
留守が長引けば、長期療養中とでも言うつもりなのでしょう」
やはり櫻井も一緒だったのか。
珠貴のそばにいる男が、よりによって櫻井とは……
胸の奥をかきむしりたいほどの嫌悪に顔がゆがんでくる。
同席している三人に顔を背けるようにして唇を噛み締めていたところ
私の様子を見ていたかのようなタイミングで、ひとつの情報がもたらされた。