ボレロ - 第二楽章 -


私の失踪は、周りの者にどのように伝えられているのだろうか。

入院か緊急な出張というところか。

社内で疑問を持つ者がいても ”詳しいことはお話できません” と有無を言わ

せぬ圧力がかかっているはずだ。


自分が誘拐の危険をともなう立場であることは、幼い頃から聞かされてきた。

一代で築きあげた初代が広げた事業がことごとく成功し、跡を継いだ父はそれら

を減らすことなく

手堅く守ってきた。

その手堅さが呼び水となって、ますます順調に業績が伸びていく。

好調な業績が業界に伝えられるたびに、私の身の危険度は増したといっても

いい。

ことあるごとに母から ”隙を見せない心得” を教えられ、幼い頃はそれなり

に守ってきたが、高校生ともなると友人との付き合いもあり、母の厳しい言いつ

けを破るような行いも何度かした。 

けれど、羽目をはずすような行動は謹んできたつもりだ。

成人してからは、自分自身で身を守ることで自由を手に入れ、いつしかわが

身の危険性を忘れかけていた。


まさか偽りの情報で呼び出されることになるなんて……

私の不注意としか言いようのない失態で、周囲にどれほど迷惑をかけている

ことか。

父や母、紗妃の顔が浮かぶ。

祖父母には知らせがいっただろうか、デザイン室のスタッフはどうしている

だろう。


蒔絵さん、あなたは、私の突然の留守に何かを感じているでしょうね。

宗……あなたの手を離さなければよかった。

急に連絡が途絶えた私を、きっと心配しているわね。

 
霧島さんの会社から出たっきり忽然と姿を消したのだから、私の身に何かが

起こったのだととらえているはず。

後悔とともに浮かぶみなの顔は、どれも苦痛な表情を浮かべていた。

 
  
五日前のこと、携帯にかかってきた電話が発端だった。


『社長が緊急入院されました。至急入院先へ向かってください』


加藤さんの伝言だと電話の声の主は伝え、一刻を争うのでお急ぎくださいと緊急

性を訴えた。

加藤さんは父のそばに長年仕える人で、父が絶対の信頼を置いている人物だ。 

そんな人からの伝言だと聞き ”まさか……” と疑うなど微塵もなかった。

電話の向こう側からざわざわと落ち着かない様子も聞こえてきて、社長の入院に

社内が揺れているのだろうと受け取ってしまったのだった。



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