ボレロ - 第二楽章 -


一睡もできないまま夜が明ける。

食事が運ばれてきて、昨日から何も口にしていなかったと思い出し、コンソメ

スープの香りに忘れていた空腹が目を覚ました。



「食事をどうぞ」


「信用できない」


「毒など入っておりません」


「櫻井さん、いただきましょう。食べなくちゃ身が持たないわ」



私の言葉にリーダー格の男が、ほぉ……と感心したように声を漏らした。



「さすがに落ち着いていらっしゃる。トップに立つ器量をお持ちのようだ」


「お褒めの言葉だと受け取っておきましょう」


「どうぞご随意に……食事をしながら聞いてください。

櫻井さん、あなたにはお帰り願うことになりました」


「僕だけ? どうして」


「それはこれからお話いたします。まずは食事をどうぞ」



そうは言われても、一人だけ解放されるとの言葉が気になって食事どころでは

ないのだろう。

櫻井さんはせっかく手にしたフォークをマットの上におき、手を組むと説明を

始めた男の顔を凝視した。



「ゆっくり食事などしていられるものか。さっさと話してもらおうか」


「せっかちなお方だ」



鼻で笑うような仕草に、櫻井さんはムッとした表情を浮かべたが、すぐに感情を

抑え続きをどうぞと相手を促した。



「櫻井さん、われわれの要求をあなたに託します。

須藤社長に届けていただきたい」


「断る!」


「お断りになりますか。それは残念……

しかし、それではこちらのお嬢さんを、いつまでもお返しできなくなりますね」


「なに?」


「こちら側としても、できるだけリスクを背負いたくない。 

文書やメールなど通信手段を用いれば、なんらかの痕跡を残してしまう。 

直接伝えてもらった方が得策だと考えたのですよ。

あなたが見聞きしたことなら須藤社長も疑いは持たないはずだ。

何よりの伝言手段だということです。

捜査機関の介入も控えていただきたい旨も ”珠貴さんの身を守るため、

言われたとおりにして欲しい” と、熱心に伝えれば、

向こうもおわかりいただけるでしょう。 

ですが、それを引き受けてもらえないとなると……困りましたね」



困ったと言いながら、その男は不敵な笑みを浮かべ、その笑みは他に選択肢は

ないのだと、あざ笑っているようでもあった。


< 121 / 287 >

この作品をシェア

pagetop