ボレロ - 第二楽章 -
大きく息を吸って吐き出すと、櫻井さんは組んでいた指をはずし、ひざを握り
締めた。
「要求が通れば、彼女は本当に返してもらえるんだな」
「もちろんです。それまでこちらで快適に過ごしていただきます」
「なにが快適なものか。監禁されてるんだ、牢獄と同じじゃないか」
「これは手厳しい。では言葉を変えましょう。
要求が通れば速やかにお返しいたします。
もちろん危害を加えるつもりなどありません。
お返しできる条件が整うまで、こちらに滞在いただきます。
要求が受け入れてもらえない場合は……」
「わかった。引き受けよう」
「あなたが物分りの良い方で助かりました」
乱暴にフォークを取ると、サラダボールのレタスを突き刺し口元へと運ぶ。
さらに大きくちぎったパンを口に押し込み、コーヒーで流しこんだ。
猛然と食事を始めた櫻井さんは、瞬く間に皿の上のものを片付けていった。
「説明してもらおうか。須藤社長に何を伝えればいい」
「せっかちな方だ。まぁ、いいでしょう。それでは向こうの部屋へどうぞ」
ここではダメなのかと櫻井さんは食い下がったが、できませんの一言の元に
拒否され、立ち上がりながら、部屋を立ち去りがたいといった顔を私に向けた。
「君を助け出すのは僕だ。僕を信じて待っていて。
珠貴さん、必ず……わかったね。
僕を信じて。君を守ってみせる、必ず助けるから」
必ずと言葉を重ね、櫻井さんは宣言するように私へ告げた。
待っていますからと、最後に大きく返事をした私を見ると彼は部屋を出て行った
のだった。
彼の強い意志が私を支えていた。
僕を信じてと言い続けた櫻井さんの顔は、真っ直ぐ私へと向けられ、ぶれること
がなかった。
この人に守られている。
彼の包容力が頼もしく、信じて待てばいいのだと心が落ち着いた。
彼に初めて会ったのは会社のエレベーターの中だった。
気分が悪いのでは? と体を支え介抱してくれた櫻井さんに深い優しさを
感じた。
あのときの彼と同じ、今も変わってはいない。
私へ向けられたまなざしには、偽りのない愛情が込められていた。
自らの危険もあるというのに、私へ 「必ず僕が助ける」 と言い切った力強い
言葉は、彼のそばにいれば安心
して何もかも任せていればいいのではないか、との安泰さえ感じる。
危険な目にあいながら、何事があっても私を守ろうという櫻井さんの強い意志
に、この人なら……と、心が素直に開かれ寄り添っていく思いがした。