ボレロ - 第二楽章 -
櫻井さんが私の元を離れて二日がたった。
新聞の経済欄には、目を覆いたくなるような文字が並んでいた。
『SUDO の繊維から有害物質が検出。相次ぐクレームに会社は苦慮している』
『社長の退任を要求』
『子会社の責任は常務の退任だけではすまないだろう。この先の……』
父は私の父であると同時に、多くの社員を抱える企業のトップでもある。
おいそれと社長の職を退くわけにはいかない。
それにしてもこのクレームはどこから出てきたのか。
自社の検査室はもとより検査機関をとおして、何度もテストを重ねた末開発され
た製品に、有害物質など混入するはずがないのに……
見えない策略が張り巡らされ、知らぬところで暗躍しているのか。
それが私の誘拐へと繋がっている、そうとしか考えられなかった。
櫻井さんは、必ず助け出してみせると言ってくれたが、私はじっと待っていら
れる性分ではない。
何かできることはないかと考え、それを思いついたのは偶然のことだった。
夕食に出されたポタージュの皿に、耳から外れたイヤリングが落ちた。
宗に贈ってもらった大事なイヤリングが落ちるなんて不吉な……と思ったその
とき閃いた。
ホテルの従業員が清掃のため出入りする間、私は部屋から庭へと連れ出される
ため、外部と接触できる唯一のチャンスも奪われていた。
食事は入り口で彼らが受け取り、部屋の中に部外者は入ってこない。
けれど食事がすんだ食器類は、人の手を経て外部へ運ばれていく。
食器の中に食べ残し以外の何かを残せば、誰かが気がつくのではないか。
もちろんメッセージを書いた紙などは入れられず、筆記用具もないのだから、
私の無言のメッセージを届けてもらうことになる。
下げられた食器の中に毎回のように異物が混入されていたら、誰かが異変に気
づくのではないか。
はじめはいたずらかと思っても、繰り返されることで ”無言のメッセージ”
が伝わるはずだと、突拍子もないことを思いついたのだった。