ボレロ - 第二楽章 -
夕焼けの淡い光が部屋の奥まで届き、私の影が長く床に描かれていた。
何をすることもなく、今日も一日が過ぎていく。
夕食の時刻が近づいているのに、それまで食事ごとに用意してきた
”無言のメッセージ” の品を選ぶ気力がおこらない。
手元にあった大事なものは、すべて外へと送り出してしまった。
これから、何をすればいいのだろうか。
言われたように、ただ待てばいいのか。
足元の影を見ながら虚しさが胸をよぎった。
櫻井さんは父や会社との交渉に苦慮し、宗は私の失踪にも気がついていないの
かもしれない。
新聞の経済欄の二つの記事が、余計に不安を煽り立てる。
『SUDO のクレームによる責任問題はいまだ混迷のまま、
取締役会において……』
『……海外企業と提携実現間近か。近衛副社長自ら現地に赴き、今後の……』
父も会社としての対応を決めかねているのだろう。
取締役会が行われたということは、知宏さんも帰国している可能性が高い。
そして宗は、新事業のため海外へ飛び立ってしまったのか。
櫻井さんの 「必ず僕が助け出します」 の強い言葉に、先の明るい展開を想像
しながらも、宗が私を見つけ出してくれるのではないかと甘い期待があった。
けれど、そのどちらも可能性は低いことのように思えた。
交渉事は短期間で決着をつけなければ、交換条件は複雑になる一方だ。
このままでは、内々の交渉で分の悪い条件をのまされ、一気に解決へと持ち込
まれる恐れがある
そうなれば、相手方の要求通り社長が代わったとしても、会社は信用を失い、
業績は下降へと転じてしまうのだろう。
揉め事に巻き込み、そのうえ大変な役割を背負わせてしまった櫻井さんも、
責任を感じるはずだ。
私一人がここで悶々と考えたところで、何の解決にも結びつかないのにと思いな
がら、待つだけの時間は私には苦痛だった。
囚われたことで見えてくるものがあるのではないか。
これまでに起こった事態を振り返り、ひとつずつ事柄を並べて検討してみよう。
今の私には、時間だけは贅沢にある。
何もせず言われるままに過ごすのではなく、私にしかできない、私だからできる
ことがあるのではないか。
やれることがあるかもしれないと思ったら、うつむき加減だった心持が前向きに
なってきた。
相手方の要求が何であるのか知らされていなかったが、隣の部屋でかわされる
彼らの会話の端々から、大方の予想はついてきた。
クレームの実態を明らかにし、責任を取って社長が退任すること、これが第一の
要求。
他にも問屋側の要求を受け入れれば、『SUDO』 は取引先をいくつか失うこと
になる。
これらをすべてを受け入れるとして、どこが得をするのか、誰に利益がもたらさ
れるのか、
私の持てる限りの情報で照らし合わせてみるが、これといった特定の企業や
人物は浮かんでこない。
それとも、私の知らないところで会社が抱える ”闇” があったのか。