ボレロ - 第二楽章 -
部屋に連れてこられてすぐに気がついたのは、私を連れ出した二人も含め、
ここにいる数人は、今回の件を直接指示した人物ではないということだった。
背後に黒幕がいて、そこから出される指示に従い動いている仲介人というべき
組織の人間だ。
誘拐された人を救い出すために犯人側と交渉し、仲立ちをすることで報酬を得る
組織があるが、ここにいる人々はその逆で、犯人側の手助けをするプロの組織
とでも言うのだろうか。
こういう組織が存在し、企業をゆすり脅迫するのを見過ごすわけにはいかない。
私を連れ去り、それを盾に会社や父を脅迫して要求をのませる。
それらが表に知られることなく秘密裏に解決してしまえば、彼らは次の仕事を請
け負うことになり、私のように犠牲になる人がまたでてくるだろう。
そんなことを許してはいけない、なんとしても阻止しなくては。
私の中に強い思いが芽生えた。
夕食の皿にしのばせる品を見つけ出すことができず、ランチのカップに入れた
イヤリングが最後のメッセージになってしまった。
翌朝も変わりなく食事をすませ、昼前の清掃が終わった頃、庭へと連れ出されて
いた私の耳に女性従業員の声が聞こえてきた。
清掃員とは明らかに違う話ぶりで、リーダーの男に謝罪している様子だった。
「誠に申し訳ありません。昨夜、お客様の大事なお品物を、
ナプキンと一緒に持ち出してしまいました。
先ほど気がつきまして、急ぎお持ちしました。大変申し訳ありませんでした」
「品物とは?」
「こちらのお品です。ご確認願えませんでしょうか」
「あっ、そうです。どうもありがとう」
「私どものサービスがいたらず、大変失礼致しました。
こちらはお詫びの気持ちでございます。どうぞお納めください」
「これは?」
「チョコレートを用意させていただきました」
「それはどうも……」
二人の会話を聞きながら、私の胸は大きく脈打っていた。
もし女性従業員が持ってきた品が指輪かイヤリングであれば、私のメッセージが
届いたことになる。
「ナプキンと一緒に持ち出した」 と言っていたが、私はカップや皿の中にそれ
らを隠したのだから、彼女は偽りを告げたことになる。
胸の高鳴りとともに、女性の声に聞き覚えがあるように感じたが、それは私が期
待しすぎたためかもしれない。
彼女が何を持参したのか早く知りたくて、庭の散策を早々に切り上げた。
ほどなく私の前に、丁寧にくるまれた品が届けられた。
中を確認して欲しいといわれ包みを開けると、一組のイヤリングが姿を現した。
朝食に一個、昼食時に一個、私が器に隠した物だった。
「まぁ、どこになくしたのかと思っていました。
ナプキンにくるまれてしまったのね」
「あなたの物に間違いないようですね。
それから、これはホテルからのお詫びだそうです」
大仰な箱に、4個のチョコレートが綺麗に並べられていた。
ふたが開いているということは、私に渡す前に中を確認したのだろう。
どこまでも用心深い、彼ららしいやり方だった。