ボレロ - 第二楽章 -


彼らが部屋を立ち去ると、イヤリングを両手に包み込んで口元へ寄せた。

私の元へ帰ってきた……

もう手にすることはできないのではないかとあきらめていたのに、私の手元に

戻ってきた。

長旅を終えた一対のイヤリングがとてもいとおしく、何度も唇に当てた。

片方ずつ耳に戻し、身につけた姿を鏡で確認する。

また身につけられることが嬉しくて、ふっと頬が緩んだが、嬉しい反面戻ってこ

なかった指輪を思うと残念だった。

誰の目にふれることなく、どこかへ紛れ込んでしまったのか。

覚悟していたとはいえ、手元から失った寂しさは拭えなかった。


指輪を思い後悔のため息をついたが、大きく深呼吸をして気分を入れ替え、

お詫びの品として届けられた箱を手に取った。

その一個に手を伸ばし包みをひらくと、艶やかな光を放つ美しい形のチョコレー

トがあらわれた。

一口には少々大きめだったが、そのまま口へと放り込む。

甘すぎず、程よい苦味が口の中で溶けていく。 

宗が好みそうな味だと思ったとたん、胸の奥がきゅっと音を立てた。


宗と一緒によく足を運んだ 『夜だけのイタリアンカフェ』 を思い出した。

普段はコーヒーが多いのに、彼はカフェでは紅茶を好んだ。 

香りを楽しみながら、大好きなスイーツにフォークを入れるときの嬉しそうな顔

は、私だけが知っている宗の顔だ。

このチョコレートを食べたら、きっとこう言うだろう 

「甘さがなんとも絶妙だね。口どけも申し分ないよ」 と。 

好みの一品がみつかると饒舌になる。

これも私だけが知っている宗の一面だ。

彼の顔が浮かび、ふっと気持ちが和んだ。

ここへきて6日間がたったが、こんな気持ちになったのは初めてだった。


二個目のチョコレートに手をのばした私は、持った瞬間重さの違いに手が

止まった。

先ほどのチョコレートとは、明らかに重さが違っている。

すぐに残りの二個も持ち比べてみると、そのうちの一個にやはり重みを感じた。

チョコレートの中にナッツでも詰まっているのだろうか。

ワクワクしながら包みをあけ口に運び、そっと歯を当ててチョコレートを

割った。

カツンと固体が歯に当たる感触があり、口から手に戻した。 

割れたチョコレートから、金属らしきものが見えているではないか。

これは何?

爪をたて、少しずつチョコレートの破片を取りのぞいていくと、見覚えのある形

状が見えてきた。

胸の鼓動が早まり手元が震えながらも、急ぎもう一個のチョコレートも割って中

身を確かめた。

さらにチョコレートを取り除くために洗面所へ行き、お湯に浸し丁寧に洗った。

溶けたチョコレートが洗い流される、 つや消しのプラチナが姿を現した。


二個のチョコレートの中から現れたのは、私が宗に贈ったカフリンクスだった。

宗が近くにいる。

奇跡のような出来事に、驚きと喜びで体が震え、私は自分の体を抱きしめた。





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