ボレロ - 第二楽章 -


久しぶりに心地よい目覚めの朝を迎えた。

隣りに、宗の寝顔と温かな体があるような幸せな錯覚があった。

手を伸ばしても誰もいないとわかっているのに寂しさはなく、むしろ満ち足りた

思いが私を包んでいる。

顔の横におき、ともに夜を過ごしたカフスに何度目かの接吻をした。


宗、どこにいるの……


私の居場所をつきとめ、救い出すために奔走している最中か。

もしかしたら、もうすぐそこまで来ているかもしれない。

それとも、相手の出方をみながら息を詰め、そのときをじっと待っているのか。

いずれにしても、宗が近くにいることは間違いない。


届けられたチョコレートから、私は安心感と情報を得た。

宗が私を見つけ出したことと、彼には頼もしい協力者がいることがわかった。

イヤリングを届けてくれた人の声に、聞き覚えがあると感じたのは思い違いでは

なかった。

あの声の主は、佐保さんだと思い出したのだ。

宗のもっとも親しい友人であり、私たちを見守ってくれている狩野さんと結婚さ

れたばかりの女性だ。

佐保さんには数回しかお会いしたことはないが、落ち着いた優しい声に間違い

なかった。

送り続けた ”無言のメッセージ” に気がつき、私との接触を図るため、狩野

さんや佐保さんに協力してもらったのか。

女性従業員なら犯人側も警戒を緩めるはず。 

佐保さんの柔らかな笑みと対応に、まさかその人がメッセンジャーであるとは

思わなかったのだろう。

宗が託したカフスが、こうして私の手元に届いたのだから。


日に何度となくカフスを握り締め、宗の心を感じた。

そばにいる。すぐ近くにいる、待ってて……

そう、カフスが私に語りかけてくれた。





その日の新聞に、気になる記事が載っていた。


『SUDO のトップ交代か 須藤社長からクレームを認める発言があ、 

近く謝罪会見が行われる模様』


見出しだけを見たなら、『SUDO』 はクレームについて認め、社長交代のよう

に書かれているが、実際にそうであるとはどこにも書かれていない。

憶測の記事であるのに、一読するとまるで決定事項のようにも受け取れる。

この記事は、もしかしたら、要求を受け入れたと見せかけるための犯人側への

ポーズではないのか。

相手を油断させ、交渉に持ち込みながら、一方で私を救い出す計画が進んで

いるとしたら、新聞記事と私に届いたカフスの意味が繋がってくる。

今朝から隣りの部屋で長時間にわたり行われているミーティングは、相手から

回答があったためのものではないのか。


何かが大きく動き出そうとしている。

武者震いにもにた緊張が私を包ん。だ


事が秘密裏に終わってしまわないように、次の犠牲者がでないように、私にも

何かできることがあるはずだ。

ここでしか得ることのできない情報を集めなければ……

私は密かに行動を開始した。




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