ボレロ - 第二楽章 -
私の近くにいるのは、顔を確認している男性が3人と女性が2人。
声だけが聞こえてくる男性が1人を含めて、計6人となる。
顔の見えない人物が外との接触をはかる人物なのか 毎日のように車で出かけ
ていくリーダー格の男性がすべての指示を出し、他のメンバーは言われたまま
に動いているようだ。
統率の取れたチームらし、 指示系統に乱れはなかった。
会話から犯人の手がかりを見つけ出すことはできなかったが、昨夜から聞こえて
くる電話の会話が気になった。
話す内容まで聞き取ることはできないものの、イタリア語、それもナポリ訛りの
言葉がもれ聞こえてくる。
国内市場の混乱を引き起こすために計画された事件だと思っていたが、この
事件に海外資本が関係しているとなれば、その目的はなにか。
国内企業のどこかが、イタリアの企業と手を組もうとしているのか。
正統な手段で日本進出をするというのなら、なんら問題はないが、不法な手段を
もちいて国内市場を荒そうとしているとしたら、見過ごすわけにはいかない。
ドアに耳をあて、拾える限りの単語を拾っていく。
頻繁にかわされる電話から、いくつもの事実がわかってきた。
繊維業界で、とんでもないことが起ころうとしている。
早く父に知らせなくては。
そうは思っても、動きの取れない身ではどうにもならなず、じれったさが募り
拳を握り締めた。
焦りが増す私の耳に、ふたたび佐保さんの声が聞こえてきたのは、夕暮れが
迫った頃だった。
またも 「申し訳ございません」 と謝罪から入った佐保さんは、右隣りの棟に
不具合があり、急遽工事が行われると告げにきたのだった。
「お客様には大変ご迷惑をおかけいたします。
本来でしたら、ご宿泊のお客様の迷惑にならないよう
工事を施すところですが、何分急なことでして、
夕方6時より2時間ほどの工事となります。
業者の者が庭先を出入りいたしますので、ご了承ください」
「庭先の工事ですか」
「配管に不具合がございまして、こちらへはご迷惑をおかけすることの
ないよう、充分に注意を促しておりますが、
音など騒音にて、ご不快な点もあるかと思います」
「いいえ、それくらいなら、たいして気にならないでしょう」
「まことに申し訳ございません。つきましては……」
「これは、これは」
昨日顔を合わせ話をした気安さなのか、対応したリーダーの男性は佐保さんの
言葉を信じたようだ。
自然なやり取りの中に、私へのメッセージが隠されているなど思いもしない
だろう。
工事の迷惑料にワインを二本もらったぞと、仲間に報告しているのが聞こえて
きた。
「6時から隣りで工事があるそうです。カーテンを閉めてください。
窓の近くに近づかないようにしていただきたい。よろしいですね」
「わかっています」
夕方6時から二時間の間に、何かが起こる。
男の言葉に神妙にうなづきながら、これから始まる ”何か” への期待で全身
がざわめき立っていた。