ボレロ - 第二楽章 -
その日は春霞の立ちこめた朝だったが、昼前からすっきりと晴れ上がり、
ガーデンパーティーには最高の陽気になっていた。
数日前からの気温の上昇で、咲き遅れ気味だった花々が一斉に蕾を開き
満開前の可憐な姿を見せてくれている。
今日も朝早くから庭の手入れに余念のない北園さんは、忙しく動き回る
スタッフに混じり最終確認を行う姿が見えた。
そばに行くと
「良いお天気になりましたね。いい状態で花を見てもらえますよ」
と庭の最高責任者らしい言葉がまず聞かれた。
息子の泰信さんは早くに跡をついでおり、今日も一緒に来てくれている。
泰信さんは去年結婚して、今年の初めにお子さんが生まれていた。
物心着く頃から北園さんの姿を見てきた私は、庭に姿を見つけるとそばに行き、
仕事の手元をじっと見つめるのが好きだった。
木々の枝を落とす大掛かりな作業の指示をする北園さんは、子どもの目にも
威勢よく素敵に見えたものだ。
そうかと思えば小さなプランター前に座り込み、繊細な植え込みを作っていく
手は魔法のようで、作業をする横に私もしゃがみこみ、花の名前を教えて
もらったりもした。
花にも相性があるのだという話にうんうんと頷き、お仕事の邪魔をしちゃ
いけませんと母が迎えにくるまで、じっと手元を見つめていたものだ。
「今日は大事な日だそうですね。お嬢さんもいよいよ決めますか」
「私より母が張り切っているみたい。
決めるとか決めないとか、一日の会でわかるわけないのに、私には気が重くて」
「そりゃ気も重いでしょう、一世一代の婿探しですからね。
コイツならって思う男を見つけてくださいよ。
おっと、コイツってのは失礼ですね」
「うふふ……北園さんと話してると楽しいわ。
そうね、コイツって人をつかまえなくちゃ」
「その意気ですよ」
茶目っ気のある顔で私を励ましてから、北園さんは真顔になった。
「私の持論ですが、花木に目を向けてくださる方は事業でも成功する。
仕事ばかりではなく、庭の移り変わりや変化にも心を配る。
それが心の余裕にも繋がるんじゃないでしょうか。
しいては社員の方やご家族にも目を向けて、細かい配慮をなさる。
こちらの旦那さま方ももちろん、そのような方であると私は思っています」
仕事の手を休めることなく私と話をしていた北園さんだったが、このとき
ばかりは顔を向け真剣な目で話しかけてきた。
「祖父はそうでしたけど、父はどうでしょうね。
仕事ばかりのように見えますけど。
私のことなど……跡継ぎが決まればそれでいいみたい」
「お嬢さん、それは違う。社長はいつだって……」
北園さんの言いかけた言葉が気になったが、泰信さんが呼びに来て、話は
そこまでになってしまった。
私にもお客様をお迎えする準備をするようにと、使いの者の言葉があり
その場をあとにした。