ボレロ - 第二楽章 -
時が来るのを待っていればいいとわかっているが、どうにも落ち着かない。
夕食前のひととき、テレビをつけ報道番組にチャンネルをあわせた。
映し出されたニュースの見出しに目を疑った。
『繊維メーカー SUDO 須藤社長退任へ』
あまりにも突然の発表に絶句していると、隣の部屋から、おぉ……と歓声が聞こ
えてきた。
父の失職を喜ぶ声に眉を寄せたが、すぐにあることへと思い当たった。
このタイミングで退任を発表するなど、あまりにもできすぎている。
いえ、できすぎているのではない、計画的に実行されたと考えた方がいい。
犯人側の要求を受け入れると伝え油断させ、工事に見せかけて隣りへ潜入する
のか。
業者を装ってこちらの様子をうかがうのか……
何らかの接触があるだろうと思われた。
時計の針が6時を示す。
いよいよその時がきた。
外は闇へと姿を変え、あらゆるものを覆い隠していく。
すべてが上手くいきますように……
そして、私を守って……
祈りを込め、ポケットの中のカフスを握り締めた。
工事が始まったのか、ほどなくガヤガヤと人の声が聞こえてきた。
庭を掘り返しているらしく、工事用のライトがカーテンに反射している。
6時半を過ぎるが、まだ何も起こらない。
息をひそめ、私はそのときを待っていた。
7時を過ぎ、工事の音が一瞬静まったとき、それは起こった。
突然の爆発音に部屋が揺れ、外では悲鳴と叫び声が飛び交い、隣りの部屋
から何人かが飛び出していった。
「どうしたんだ!」
「引火する可能性があります。すぐに避難してください。
急いで、こちらに早く!」
狩野さんの声だった。
よく知る人の声が聞こえ、とっさに窓辺に駆け寄り外の様子を覗いた。
見張りの女性も突然の事態に、窓辺に立つ私を制止するどころか、一緒に外の
様子に目を向けている。
いよいよ始まったようだ。
「お部屋にいらっしゃる方も避難してください。急いで」
佐保さんの緊迫した声が庭から響く。
見張りの女性は一瞬の判断を迷ったようだが危険を察知したのだろう、リーダー
の指示をあおぐ前に私を外へと連れ出した。
佐保さんの声が 「こちらへ」 と私たちを誘導した。
彼女の背中だけを見て走る私の手を、誰かがつかんだ。
と同時に強い力で引き寄せられ、闇の中へと向きを変え走り出した。
「おい、待て。どこにつれていくんだ、待て!」
男の声がしたが、闇が私たちの姿を隠し彼らから遠ざける。
引かれる手だけを頼りに必死に走った。
しっかりと握りしめ先へと導く手は、私の知っている手だった。