ボレロ - 第二楽章 -
「費用につきましては、特別会計からの流用が認められておりますので、
ご心配なさらず」 と、出かける前に浜尾さんから耳打ちされたと平岡が笑って
いる。
正直なところ、疲れた体を休めるにはファーストクラスのシートはありがたかっ
た。
個室に近い作りであるため、他の乗客を気にすることなく長旅を過ごすことがで
きるのだ。
「記者会見、上手くいったようですね。だけど、なんかスッキリしないなぁ」
「なにがスッキリしないんだ?」
「だってそうじゃありませんか。
美味しいところは、すべて櫻井氏に持っていかれたんですよ。
なんか悔しいですよ」
「仕方ないじゃないか。俺が会見に顔を出すわけにはいかないだろう」
「そうですけど」
モニターでは日本のニュースが放映中で、緊急速報として
『誘拐されていた 「SUDO」の社長令嬢 無事に救出』 の大きなテロップが
流れていた。
櫻井祐介が事件の概要を語る様子が何度も映し出され、彼が救出劇の中心人
物であるように報道されている。
それが、平岡の不満の言葉となっていた。
「すべて打ち合わせどおりだ。クレームの誤報も会見で明らかにできた。
いいじゃないか」
「えぇ、それにしても驚きますね。
何もかもが潤一郎さんが組み立てたとおりの展開になっていくんですから、
あらためてあの人のすごさを感じます」
「当たり前だ。あっちはプロだ、お手のものだろうよ。
今ごろニュースを見ながら、ニンマリしてるんじゃないか」
「でしょうね……でも、残念でしたね。
この出張が入っていたばかりに、すみません」
「事件が起こる前から決まっていたことだ。気にするな」
飛行機の時刻が迫っていたため、珠貴の救出を櫻井に託したばかりでなく、
救い出された珠貴に会うことなく、海外へと飛び立たなければならなかった
私へ、申し訳ないと頭を下げるのだった。
本当なら今朝の便で出立する予定を、平岡が幾度も調整し、夜の便へと変更
できただけでもありがたい。
これ以上の融通が無理なことは、はじめから承知していた。
もうすぐ日付が変わる。
明日のために体を休めておかなければ、それこそ仕事に差し支える。
フルフラットにしたシートに体を横たえる。
紗妃ちゃんが送ってくれた画像の中の珠貴は、疲れを滲ませながらも微笑んで
いた。
珠貴……君も今夜はゆっくりと休むといい。
ポケットの中の指輪を握りしめ、睡眠へと入るために目を閉じた。