ボレロ - 第二楽章 -
カーテンを開けると、まばゆい光が差し込んできた。
眩しさに一瞬目を細めカーテンを閉じかけたが思い直し、勢いよく開け放して
部屋に朝日を迎えた。
”朝の光を浴びると、体が目覚めるんですって”
ともに目覚めた朝、決まって私に告げる珠貴の声が聞こえたような気がした。
ベッドから抜け出し窓辺に立ち朝の光を浴びると、爽やかな笑顔でふたたび
私のそばに戻り、おはようと言いながら、寄せてくる彼女の頬の冷たさが私を
目覚めさせる。
必ず何か召し上がってね、と朝食を抜いてはいけないと、私に念を押すのも忘れ
ない。
この部屋で夜を過ごし、帰る間際に見せる珠貴の顔を思い出していた。
朝の別れを惜しみ、互いの存在を確認しあうように肌に触れあい、ぬくもりを
分かち合う。
短いひと時も、私たちにとっては大事な時間だった。
昨夜遅くまで打ち合わせをして、帰宅したのは真夜中過ぎだった。
頭は冴えているが体の疲れは否めないが、それでも前に進むために、今日を
はじめなければ。
あのぬくもりをこの手に取り戻すために、なんとしてもやりとげる。
朝日に体を向け気持ちを奮い立たせた。
珠貴の安否が気になるものの、通常の業務をおろそかにはできない。
平岡が告げるスケジュールに無駄な時間はなく、今日も遅くまで仕事に拘束され
るのかとため息がでていた。
「では、今日はこのように……おわかりいただけましたか」
「うん?」
「わかってないようですね」
「なんだよ」
平岡の指が、ここですというように一箇所を指し示す。
昼の時間帯に会う相手の名が記されているが、その名に心当たりがない。
「田中工業 田中一郎氏と会食……初めて見る名前だな。誰だ?」
平岡に聞き返すと、秘書の顔から親しい後輩の顔へと変わり 「ダミーです」
とささやきニヤリと笑った。
「今朝方、潤一郎さんから電話がありました。
夕方一時間ほど、副社長に会う時間を作って欲しいそうです。
ですが、どうしても時間がとれず、夕方のミーティングから切り取りました」
「社長の手前、ミーティング欠席の名目がいる。
それで架空の人物との会食を仕立て上げた……
そういうことか。手間を取らせたな」
「いいえ……珠貴さんの行方はわかりそうですか」
「狩野たちが懸命に探してくれている。昨夜のうちにだいぶ絞りこんだ。
今日中にはわかるだろう」
「では、今夜さっそく乗り込んで行くんですね」
「その辺は潤一郎の頭の中に聞いてみないと、なんとも言えないが、
おおっぴらに乗り込むことはないだろうよ」
「じゃぁ、どうするんですか」
「俺に聞くな。そっちは潤一郎に任せてる。
それより、あれはどうなった、頼めそうか」
クレームの一因となった繊維の検査を、大学の先輩を通じて検査機関に依頼
する手はずになっていた。