ボレロ - 第二楽章 -
「これはと思う人物に見当がついたところで、その人に偽の情報を流します。
向こうに伝われば間違いありません。知弘さん、いかがですか。
おそらく重役クラスの人物だと思いますが」
「すでに不穏な動きをしている人物がいます。
こちらも、慎重に見極めて動くとしましょう。
櫻井君、あなたには表向きの対応をお願いします」
「僕は、須藤社長へ、相手の要求に添うようにと勧めればいいんですね。
ですが社長退任となると、簡単に判断しかねるのでは?」
「事件解決後、実は珠貴さんを救い出すための口実で、
見せ掛けの演出だったと退任を覆せばいいのです。
大事なことは、須藤社長の周りの方に、社長は本気で退任をするのだと
思わせることです」
「敵を欺くには、まずは味方から……」
櫻井の言葉に潤一郎が大きく頷いた。
紫子は潤一郎の手助けをして皆への連絡係りと決まり、私はクレームの原因と
なった繊維の検査と、『SUDO』 に関係する企業の動きを調べることとなった。
潤一郎の指示の元、それぞれが役割を担って動き出している。
私は私にできることをこなすだけだ、珠貴が無事に帰ってくれば、それでいい。
彼女との将来については、事件解決後、じっくりと向き合えばいいのだから。
夕食をとりながら話をしようとホテルの潤一郎の部屋に集まったのは、弟夫婦と
私と知弘さんだった。
狩野と佐保さんが候補に絞ったのは二件のホテルで、そのどちらにも別棟の
特別室がある。
ひとつは高台に建てられたホテルで、見晴らしの良い傾斜地に別棟があり、もう
ひとつは都内の中心部に近い
ホテルで、本館から離れた奥庭に別棟があるという。
潤一郎の説明にみなが耳を傾ける。
「人をかくまうには、どちらも好条件です。
人の集まるところから離れた場所に隠れるか、
逆に、大勢人のいる場所の中に設けた密室に隠れるのか。
犯人側の考え方次第だと思いますが……
狩野は奥庭のあるホテルではないかと言っていました。
ホテル側の目が届きにくいそうです」
「私なら高台を選ぶでしょうが、言われてみれば狩野さんの意見にも
うなづける。潤一郎君はどう考えますか」
「高台にあるホテルは、そこへやってくる人しかいないため、
人の出入りが一目でしょう。
一方、都心でも広い敷地を有するなら奥庭の別棟なら、
外部からもわかりにくいのではないでしょうか。
遠くにいると思わせて、実は遠くない場所を選んでいる可能性もあります。
しかし、可能性で動くわけにはいきません。確実なものがなければ」
「宿泊客で、数日前から泊まっている客を調べればいいんじゃないのか」
「そう考えて狩野に調べてもらったが、どちらにも同じような客がいるんだ」
宿泊客の特徴など、ホテルから情報をもらうことになっているらしく、狩野から
の情報待ちの状態だった。
須藤社長や常務たちと接触している櫻井も、会社側の姿勢がいまだ決まらず
苦慮しているらしいとのことだった。
「このまま待っていても時間が過ぎるばかりよ。
もっと何かできることがあるはずだわ。宗一郎さんも考えて」
潤一郎の声がのんびりしていると思ったのか、紫子は苛立ち私に不満をぶつけ
てきた。