ボレロ - 第二楽章 -


「紫子、落ち着け。そうカリカリしなくても潤が考えたとおりに進んでいくよ」


「宗一郎さんは珠貴さんをあまりご存じないから、

そんなのんきなことが言えるんだわ。 

大切な人が危険な目にあってるのよ。落ち着いてなんていられません。

もっと真剣に考えてください。

そうだ、父に頼んでみましょうよ。力を貸してくれるはずだわ。

珠貴さんにもしものことがあったら……」



そんなことはない、紫子以上に珠貴の心配をしているのだと言いたいのをグッと

飲み込み、奥歯を噛み締める。

冷静さを失ってはいけないと、危機への対応を叩き込まれた頭が指令して平静

を保っていた。



「ゆか、二人の顔を見てごらん。心配していない顔に見えるかな。 

知弘さんも宗も珠貴さんの安否を気にしながら、今できることは何か、

それだけを考えているんだよ」

 

潤一郎に言われて、紫子が私と知弘さんの顔を交互に見てハッとした表情に

なった。

ごめんなさい……素直な声があり、いきり立った感情が一気に沈んでいった。



「まだなにも見えていないけれど確実に前に進んでいる。

お義父さんの力を借りるのは最後だ。

これは犯罪だ、最後は法の手で裁いてもらわなくては……

知弘さん、それでよろしいですね」



知弘さんがゆっくりとうなづき、紫子へ 「珠貴は無事ですよ」 と力強い声を

かけ、私へは絶対大丈夫と言う

ように顔を向けてくれた。


問題の繊維は至急検査にまわされ、明日か明後日には検査結果が出るとみな

に告げているところに狩野から連絡が入った。

潤一郎が応答していたが、厳しい顔が次第に消え明るい声が響いてきた。



「ホテルの特定ができたようです。都内のホテルです。

まず間違いないだろうということでした」


「近くにいたのか……狩野さんがそう言うのなら間違いないでしょうが、

断定した決め手は?」


「客に怪しい動きがあったそうです。いや、動きじゃないな逆ですね。 

数人が宿泊しながら、出入りがまったくない部屋があるそうです。

それから、宿泊客から返される食器に考えられない異物が入っていたと

いうことでした。この二日ほど毎食後入っているそうです」


「考えられない異物ってなんだ」


「部屋に装備されているグッズがあるだろう、爪やすりやペーパーウエイト、

ほかにもいろんな品が、毎回食事のあとの食器の底に、

隠すように入っているそうだ」


「何かを伝えようとしたのかしら」


「異常を品物で伝えようとしたんだろう」


「狩野もそう考えたようだ」



五人の顔が、確かな手応えを感じたと言ったようにうなづきあった。



手応えは、翌日の夕刻、狩野からの一報で確実のものとなった。



『食器から指輪が出てきた。すぐに紫子さんに確認してもらった。

珠貴さんの指輪に似ているそうだ』


『小さな石がはめ込まれた指輪じゃないのか』


『その通りだ。佐保が言うには海外ブランドのリングで、

国内では手に入らないらしい。あっ、おまえが贈った物か』



『そうだ』 と返事をすると、電話の向こうから、狩野と佐保さんの興奮した

声が聞こえてきた。

無事でいるとわかり、ホッとしたと同時に次の不安が襲ってきた。

連れ去られてすでに五日がたっている、急がなければならない。

至急打ち合わせをしたいとの狩野の声に応じながら、これからが正念場だと力

が入った。
 




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