ボレロ - 第二楽章 -
今後の対応について、すぐに打ち合わせをと狩野を通して連絡があったが、
その夜、私にはどうしても動かせない会合が入っていた。
社長の代理出席であることから、他の役員に代わってもらうわけにもいかない。
珠貴が囚われていると思われるホテルへすぐにでも向かいたいのに、私の事情
が許さないのだ。
すでに櫻井は現地へ向かっていると聞き、いてもたってもいられない思いだった
が、勝手の許されない立場なのだと自分に言い聞かせ、会合の場へと向かっ
た。
狩野から打ち合わせ状況が順次メールで届き、確認しては気持ちを落ち着かせ
ているものの、予定より長引いている会に焦りと苛立ちを感じていた私の耳に、
聞き流せない会話が飛び込んできた。
『SUDO』 の取引先の一つである工場から有害物質が検出されたらしいと、
世間話のようにある一人が切り出したのだった。
なんでも抜き打ちの検査で明らかになり、事実をもみ消そうとした工場側から
金銭が動いたようだ。
「役所も厳しくなりましたからね。金でなんとかしようなんて、
まず無理な話ですよ」
「部下の羽振りが急によくなったのを、上司が気がついたそうですよ。
見逃せば、自分の身も危なくなりますからね」
「それにしても須藤さんも大変だ。
取引先の名前がマスコミに取り上げられれば、また 『SUDO』 の話題に
なるでしょう。ついていないときは、とことんつきに見放されるようですな」
「まったくです。われわれも気をつけなくては」
無責任な会話は続いていたが、私の頭は別の方向へと動いていた。
この数日、『SUDO』 と関係のある取引先を調べていたため、気になる社名が
耳に留まったのだった。
業績は悪くなく、むしろ好調に利益を上げており、製品の仕上がりに不具合がな
かった。
不具合のない製品を作るのは一見良いことだと思われるが、人の作るもので
ミスがないというのは考えられないことで、不自然なほど完璧な製品を作り出す
工場ということで、私の記憶に留まっていた。
完全な製品を送り出すほど、管理の行き届いた優秀な工場からの、有害物質の
検出とはどういうことか。
矛盾したものを感じて、何か引っかかった。
製品管理の報告書の数字を操作しているとも考えられる。
話題に上った取引先は、『SUDO』 本社の香取専務とつながりの深い工場でも
ある。
まさか、犯人側とつながっているのは香取専務なのか……
聞きかじった会話から思いついたことで、短絡的とも思える予想だったが、はず
れてはいないだろうと妙な確信があった。