ボレロ - 第二楽章 -


「それにしては、事件の規模が大きすぎる気がします。

香取専務に、それほどの力があるとは思えません。

犯罪組織が関わっているのであれば、それなりの費用がかかるはずですが。

潤一郎さん、いかがですか」
 


「そうですね。あぁいった組織は、かなりの報酬を要求してきます。

莫大な投資をするほど、香取専務に見返りがあるのか。確かに疑問ですね」


「それに誘拐してまで実行しようとするでしょうか。

専務に嫁いだ加南子姉にとって、珠貴は血の繋がった姪です」


「いまだ見えない影が潜んでいるということでしょう。

誘拐を企てたのは別の人物で、香取専務側も知らされて

いなかった。そうだとしたら、筋が通りますね」


「社長の座に就いたあと、市場を牛耳ろうとした香取専務の思惑を読み取り、 

手を組んだ相手が逆に手玉に取ろうとした。そういうことじゃないのか」


「おそらくそんなところだろう。確実な証拠をつかんで、それから義父に、

京極長官に相談するよ。 

僕らが動いた形跡も、消してもらわなくてはならないからね」
 

「次はどうしますか。潤一郎さん、今後はどのように」


「まず、佐保さんに動いてもらいます。

明日にでも部屋を訪ねて様子を見てきてください。そのあと……」




紫子の言葉はもっともだった。

櫻井に責任はなく、婿候補として祭り上げられ体よく利用されたのだから、被害

者といってもよい。

彼の落ち込みに同情がわいたが、哀れんでいる場合ではない。

いまだ珠貴は囚われたままなのだ、彼女を救い出すのが先決だ。

香取専務と一味のつながりも明確ではない。

すべてを明らかにするためにも、珠貴さんの救出に全力を注ぎましょうと潤一郎

の声が続いていた。





翌朝、またもアクセサリーの混入があり、昼にもイヤリングの片方が届いたとの

知らせが入った。

私の電話を聞いていた平岡は、すぐに午後のスケジュールの調整をし、その日

の午後の予定をすっかり差し替えていた。

浜尾君は見てみぬ振りをしながらも、業務に支障のないよう手はずを整えてい

く。

二人の働きに感謝しながら、私は急ぎみなが集うホテルへと向かった。


目の前に差し出された一対のイヤリングを目にしたとたん、体中が震える思い

がした。

珠貴に初めて贈った物で、彼女が宝飾部門を立ち上げるきっかけにもなった

イヤリングだ。

必死でメッセージを送り続ける珠貴の姿が見えるようで、すぐにでも彼女の元へ

駆けつけたい衝動に駆られた。



「櫻井さんには、さきほど今後の計画を伝えました。 

須藤社長退任の発表のタイミングを計るために、準備を進めてもらっています。

宗に頼んだ検査結果は社長に直接届けました。やはり偽装でした。 

あとはこちらの動きと連動して、須藤社長退任の発表を行ってもらいます」


「佐保さんに確認に行ってもらうとして、どんな理由で部屋を訪ねるんだ?」


「それだが、食事の片付けの際、誤ってアクセサリーを持ち出してしまったと

言って、イヤリングを届けてもらおうと思ってる」


「なるほど、向こうが受け取れば、そこに珠貴がいるということになりますね」



知弘さんの答えにうなずいた潤一郎は、救出計画の説明を始めた。

珠貴のいる棟の隣りの棟に、工事を装い人を送り込む。

頃合を見計らって爆発騒ぎをお越し、近隣の部屋の客にも避難を呼びかけ、

そのさなかに珠貴を救い出すということだった



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