ボレロ - 第二楽章 -


機内に響く微かな機械音で目が覚めた。

サイドテーブルに内蔵されているドリンクバーからミネラルウォーターを取り

出し、ふたを開け喉に流し込む。

照明が落とされ、快適な温度と静けさが保たれた機内に睡眠を妨げるものは

なく、上質の眠りを得られたようだ。

数日間に及ぶ睡眠不足も補われたのか、久しぶりに心地よい目覚めを味わっ

た。

ドバイ到着は早朝で、すぐに乗り換え、現地入りして休むまもなくすぐに仕事に

入らなければならないが、先方との約束の時刻に間に合うことがもっとも重要で

あり、出国をギリギリまで遅らせ、スケジュール調整を何度もやり直してくれた

平岡のためにも、文句など言ってはいられない。

平岡も疲れがたまっていたのだろう、まだ眠りの中にいるようだ。


珠貴もゆっくり眠ることができただろうか。

離陸前に届いた、彼女の疲れをにじませた声が耳によみがえる。



『もしもし、珠貴です』


『声を聞いて安心した。無事でよかった』


『みなさんのおかげです……出張だと聞いたわ。

私のために出発を遅らせてしまったようね。ごめんなさい』


『最後までいてやれなくて悪かった。行ってくるよ』


『気をつけて』


『珠貴もゆっくり休んで。向こうに着いたら連連絡する……彼に代わって』



搭乗直前にかかってきた電話は、意外な人物からだった。

電話の主は櫻井祐介で、珠貴さんの携帯は証拠品として預かりになっているの

でと前置きがあったあと、珠貴さんと代わります、と思いもしないことを告げた

のだった。

櫻井の好意に感謝しながら、横で彼が聞いているのかと思うと、思ったことの

半分も言葉にできず、それは珠貴も同じだったのか、短い会話しかかわすことが

できなかった。

それでも声を聞き、無事を確認できたのはありがたく、電話を代わった櫻井に

まずは礼を述べた。



『近衛さんが飛び立つ前でよかった。

こちらは打ち合わせどおりに進んでいます。記者会見も終えました』


『空港ロビーで中継を見ました。

須藤社長の退任撤回も、上手くいったようですね』


『週刊誌の記事が功を奏したようです。記事を流したのは、近衛さんですね。

マスコミにもツテがあるのか、すごいな。今度、話を聞かせてください』


『えぇ、次の機会に……もう搭乗の時刻なので』


『あの……ありがとうございました』



礼を言われるだろうと思っていたが、こんなにも素直な言葉で伝えられるとは

思いもしなかった。

つい最近まで櫻井の顔を見るのも腹立たしいと感じていたが、事件が解決した

今、彼に対する思いは微妙に変化していた。

櫻井はこれからどうするのか、それは彼自身が決めることだが、身の振り方ひと

つで良くも悪くもなる。

珠貴をはさんで感情をぶつけ合った相手ではあるが、櫻井の心情を思いやると

複雑な思いがした。

 


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