ボレロ - 第二楽章 -


潤一郎が立てた作戦は見事なまでに成功し、珠貴を無事に救い出し、その場に

いた犯人全員も逮捕された。

珠貴の居場所を突き止め、救出のため入念な打ち合わせをしたが、我々だけで

は限界があった。

義父である警察庁長官の元へ相談に行った潤一郎は、それまでの事情を話し

長官に協力を頼んだのだった。

長官から極秘で捜査機関に通報があり、事件担当となった人物と綿密な計画が

たてられ、ホテル内で秘密裏に犯人逮捕を行って欲しいとの無理な要請が受け

入れられたのは、京極長官や潤一郎の立場が大きく影響したからだろう。


記者会見と同時に発表された 「SUDO社長令嬢誘拐」 で、ホテルでの逮捕劇

が明らかになった。

珠貴とともに誘拐された人物として櫻井が会見に臨み、打ち合わせどおりの

事柄が伝えられた。

クレームの偽装も記者会見の場で公表し、誘拐と社長退任要求を含む会社への

脅迫などについては、現在捜査中であると言葉を濁すことで、香取専務の関与

は表に出ることが避けられた。

記者の質問にも難なく答え、須藤社長の横で見事な対応をこなした櫻井へマス

コミの注目が集まる

のも計算のうちで、香取専務側に取り込まれ危うくなりかけた櫻井の立場も回復

できたのではないか。


須藤社長とともに櫻井を記者会見に同席させようと提案したのは潤一郎で、

珠貴とともに誘拐された彼の口から語られる言葉なら、誰もが信用するはずだ。 

こちらの都合のよい事実のみを話すことで、のちのちの動きを有利にしようと

いうものだった。

知弘さんと私が収集した情報から新たな事実もわかり、須藤社長に不利な事柄

は避けながら、櫻井と二人で発表する内容を検討し、幾重にも用心を重ねた

資料を手に、櫻井は記者会見に臨んだのだった。

それが出国前の電話の 「ありがとうございました」 の言葉となったのだろ

う。


今回の海外出張は前々から決まっていたもので、担当者レベルの打ち合わせを

重ねたあと、最終確認のために私が赴くことになっていた。

出張の一週間前に珠貴の事件が発生し、事件解決に力を注ぎながら、出張の

準備に追われることになった。

本来であれば、計画実行の日の朝に出国の予定だったのを、ギリギリまで調整

し出国を遅らせたが、救出に立ち会うことも、助け出された珠貴に会う時間も

なく、無事に救出の知らせを受けたのは空港へ向かう車の中だった。


こんなときに出張なんてと、紫子になじられた。

宗一郎さんがそんな人だとは思わなかったとも言われ、いたたまれない思いも

したが、私を擁護してくれたのは櫻井だった。



「最後まで見届けたくても副社長としての立場がある。

今回の出張は、会社にとって大事なものなんだ」


「大切な人が危険な目にあってるのよ。どうして仕事を理由にできるの? 

私にはわかりません」


「僕も近衛さんの立場なら、同じ判断をするだろうと思います」


「櫻井さんまで、どうして男の人って、そんな非情なことが言えるんですか」


「そうですね。非情かもしれません……

珠貴さんを救い出すために、たくさんの人が動いています。 

乱暴なことを言えば、近衛さんがいなくとも事件は解決するでしょう。

けれど、会社にとって近衛副社長の代わりはいないということです」


「でも……」


「ゆかが言いたいこともわかる。それでも個人を優先できない時がある。

本当は、みんな君と同じ思いだよ」



まだ唇を噛み締めている紫子を潤一郎がなだめ、その顔が不承不承うなづい

た。

珠貴も、私が仕事を選んだことをなじるのだろうか。

そんなことはないはずだと希望的観測をいだき、不安になりかけた心を静め

た。



< 144 / 287 >

この作品をシェア

pagetop