ボレロ - 第二楽章 -
「もうすぐ着きます」
「よく眠れたか」
「久しぶりにゆっくり寝ました。
やっぱり、ファーストクラスのシートはいいですよ」
「浜尾君に土産がいるな」
「そうですね」
これから5日間、隙間なく予定がはいっている。
帰国したら2日間の休暇を入れましたから、それまで頑張ってくださいと有能な
秘書が私を励ました。
珠貴に会えるのは、早くても6日先か……
やはり思い浮かぶのは彼女のことだったが、トランジットですがと平岡の声が
続き、しばらくは仕事に専念しなくてはと気持ちを引き締めた。
目の回るような4日間をすごし、最後の目的地であるイタリアへと向かう。
出張に出てから、二度ほど珠貴から電話があった。
病院にいるけれど、警察の方や会社の人の出入りがあって結構忙しいのよと、
元気そうな声に安心した。
その後連絡がないのは、事情聴取などに忙しくしているためだろうと思われ
る。
記者会見には姿を見せなかったものの、社長令嬢誘拐の事件はマスコミの注目
となったようだ。
須藤珠貴本人の姿を求めてマスコミが騒ぎ立てるだろうと予測していたが、
案の定そのとおりになったらしい。
しかしそれも想定内であり、救出後は身体の検査と安静を兼ねしばらく入院する
ことになっていた。
珠貴を預かってもらう先は、異臭事件で親しくなった沢渡さんの病院で、彼の
病院はマスコミ対策も充分な上に親しい間柄でもあり、何かと融通が効くので
都合が良い。
私からも沢渡さんに電話したところ、一週間も拘束されていたため、精神的不安
があるのではと思われたが、 いまのところその兆候も見られないとの事だった。
早く顔を見せてあげてくださいねと沢渡さんからも言われたが、海を隔てた遠く
にいるのではどうにもならない。
あと一日予定をこなせば二日後には日本に帰りつける。
その日を楽しみに、今日の予定の確認をした。
「またオペラ見物をさせられるんじゃないだろうな」
「それはありませんが、予定外の方からアポイントメントがありまして……
というより、予定だったというのか」
「予定外だが予定だっただと? 意味がわからないな」
「これが最後ミッションです。
これをもって、すべての計画が終了です」
平岡の言葉がまったく理解できない私は首をかしげながら、もう一度どんな計画
だと聞きなおした。
それは、あの方から聞いてくださいと言う平岡の視線の先をたどると、到着
ロビーの一角から知弘さんが歩いてくるのが目に入った。
「どうしたんですか!」
「私にも出張命令がありまして、先ほど着いたばかりです」
「急な出張ですね」
「珠貴を連れ出した連中と、あるイタリアブランドが繋がっていたと
わかりましてね。
社長から、至急調べて欲しいと言われまして……
なかなか根っこの深い問題になりそうです」
急ぎだといいながら、知弘さんの声はどこかのんびりしており、こっちは、
その後の珠貴の様子を知りたいのにこれからナポリまで足を伸ばす予定ですと
出張の日程の話が続く。