ボレロ - 第二楽章 -
たまりかねて、彼女はどうしていますかと聞こうとした私の話をさえぎる
ように、知弘さんの声がかぶった。
「平岡さん、ありがとうございました。これですべて終了となりそうです」
「大変でしたね。僕もホッとしました」
「終了って、何が終わるんですか」
いよいよ苛立ちが募った私を横目に、 平岡と知弘さんが顔を見合わせ、互いを
確認するようにうなずいた。
「潤一郎さんが立てた計画の締めくくりです」
「潤の? そんな話は聞いていませんが」
「宗一郎君が出国したあと話し合ったことですから、知らなくて当然です」
「何か問題が起こったんですか! 平岡、おまえは知ってたのか」
「えぇ、まぁ……」
「どういうことだ!」
「平岡さんを叱らないでください。私から説明します。
二人を一刻も早く引き合わせるにはどうしたらいいだろうか、
いろんな意見が出ましたが、紫子さんの提案がもっとも現実的でして、
それにそって準備を進めてきました」
「引き合わせるって、誰を……」
聞き返しながら、その二人が誰であるのか私にもわかったが、それでも確認
せずにはいられない。
「病院から連れ出すのに義姉の反対にあいまして、
なかなか準備が進まず焦りました。
一週間も拘束されたあとです。母親としては娘のことが心配でしょうから、
目の届く場所に置いておきたい。
それはわかります。ですが、それでは我々の計画が一向に進まない。
そこで沢渡先生に協力していただいて、珠貴も落ち着かないだろう、
しばらく海外に行ってはどうかと、義姉に勧めてもらいました。
平岡さんにはお世話になりました」
「僕は副社長のスケジュールを調整しただけです。
須藤さんから計画を聞いて、これはなんとしても実現させたいと
思いましたから」
「……彼女はどこに……」
私の震える声に知弘さんがゆっくり顔を向け、そちらを見ると、ロビー奥の椅子
に見覚えのある背中があった。
何度も瞬きするが、その姿に間違いはない。
「副社長はイタリアにて急病と本社へ報告いたします。
本日から高熱のためホテルに三日間の足止め。
その後、安静のため三日間の休暇をとっていただきます。
帰国は一週間後の予定ですのでお忘れなく」
「これでミッション終了ですね。宗一郎君、珠貴をお願いします」
二人の声を背で受けながら、私はすでに足を踏み出していた。
すぐに足は床を蹴り駆け出し、彼女の座る席のそばまでくると立ち止まった。
「珠貴」 と声をかけると、はじかれたように体が振りむき、互いの視線が絡み
合った。
手を伸ばした瞬間、珠貴が胸に飛び込んできた。