ボレロ - 第二楽章 -
翌朝の朝食は平岡も一緒だった。
一通りの業務連絡を受け、いまのところ急を要する事項はありませんと言いな
がら、平岡の顔は曇ったままだ。
どうしたのかと聞くと、それが……と言いにくそうに上目遣いになった。
「ヨーロッパ支社の高木支社長の奥様から、副社長のお見舞いに行きたいと
連絡がありまして。どうしましょう」
「お気遣い無用と丁寧にお断りしてくれ。
こっちは仮病だ、来られたら困るじゃないか。
それに、いくら陸続きでも結構な距離だ。
デュッセルドルフから足を運んでもらうのは申し訳ない。
そう伝えればいい」
「それが、もうこちらへ向かっているらしくて、昼には市内に着くから、ぜひお見舞いに伺いたい。
慣れない土地でお困りでしょうから、お役に立ちたいと、そう言いながら、僕には駅まで迎えに来てくれって。
押しの強そうな人でした。断っても来る気満々ですね」
「まったく余計なことをしてくれる。誰がここを教えたんだ?」
「本社に問い合わせたんじゃないですか。
出張中の副社長に何かあれば、支社長の首も危ないですから」
「はぁ……そういうことか。会わないわけにはいかないな」
「そうですね」
「わかった、会うだけ会おう。奥方が到着したら連絡をくれ。
顔を見せれば安心するだろう。
もともと病気ってわけじゃないんだ、看病なんかいらないと断るよ」
「わかりました」
この事態は潤一郎にも予測がつかなかっただろうなと冗談を言うと 「まったくです」 と、平岡も苦笑いを残して帰っていった。
「こちらの支社はデュッセルドルフにあるのね。
ドイツからわざわざいらっしゃるなんて、心がけの良い方ね」
「さぁね。平岡の言うように、ダンナの首がかってるから、しぶしぶ来るんじゃいのか」
「まぁ、お口の悪いこと」
「俺はもともとこうなんだよ」
来て欲しくもない見舞い客のため、今日の予定はキャンセルしなくてはなら
ない。
せっかくの計画が台無しではないか。
窓辺に行き、今日行くつもりだった街の方角を恨めしく眺めていると、背中がふわりと温かさに包まれた。
珠貴が私の背中を抱いていた。
「出かけるのもお部屋で過ごすのも、私にとっては同じよ。一緒にいられればそれでいいの」
「うん……」
珠貴の言葉は私に安らぎをもたらす。
一緒ならそれでいい……彼女の言葉を噛み締めた。