ボレロ - 第二楽章 -
「お兄さま、お加減はいかがかしら。
急なお熱だと聞いて、心配で飛んでまいりました。
高木支社長の奥様、ご無沙汰いたしております。
お見舞いにいらしてくださったとお聞きしました。
遠くからありがとうございます」
「恐れ入ります。静夏お嬢さまもお元気そうでなによりです。
悠美恵もおりますのよ。
学校の頃は、お嬢さまに仲良くしていただきました」
「悠美恵さんも。こんにちは、こちらでお目にかかれるなんて驚きましたわ」
「静夏さん、お久しぶりですね。こちらにはお勉強ですってね。
羨ましいですわ」
「えぇ、おかげさまで兄たちと違い、自由をさせてもらっております。
悠美恵さんはお仕事を?」
「私は遊んでいるわけにはまいりませんので、叔父の会社で介護の資格取得の
お手伝いを……」
「まぁ、講師のお仕事を。さすがですわ」
いきなりあらわれた静夏と高木母娘のやり取りを、私も平岡も唖然と眺めて
いた。
”お兄さま” などと初めて呼ばれ背中がむずむずしたが、静夏の応戦には驚く
ばかりだった。
一見丁寧なやり取りに見えるが、静夏と悠美恵さんの会話は、どことなく棘を
含んでいる。
悠美恵さんは、静夏の学校の先輩だったはずだ。
だが、夫人が言うように仲良くしていたとは到底思えず、二人の会話は敵対して
いるようでもある。
これは、もしかして……と、妹の出現に高木母娘の追い返しを期待した。
「あら、おしゃべりをしてしまって……お礼があとになりました。
このたびは兄がお世話になりましたそうで、お礼を申し上げます」
「いいえ、私はまだ何も……これからお世話させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
今も平岡さんに、いろいろ教えて差し上げていたところですのよ。
副社長のおそばで大事なお仕事をなさるんですもの、もっとしっかりしていただかなくては」
「そうでしたか。ですが、どうぞお気遣いなく。
お二人のお気持ちだけ頂戴いたします」
「それでは私の立場が……」
「昨夜、母から電話がありまして、宗一郎が急病なので、すぐに行って看病して欲しいと言われました。
外国で病気になるなんて、さぞ心細いことだろう。
秘書の平岡さんが一緒でも、落ち着かないのではないか。
身内でなければ手の届かないこともあるだろうと申します。
最初は母が自分で来るとまで申しましたのよ。
いくらなんでも、それは無茶だからと止めましたが」
「さようですか……」
身内でなければ手が届かないとは、静夏も言うもんだと、笑いを噛み締めながら
うつむいた。