ボレロ - 第二楽章 -


さらに静夏の攻めの言葉が続く。



「あっ、いえ、平岡さんの働きに不満があるということではありませんの。 

兄を助けて、いつも全力で働いてくださって、本当に感謝しております。 

それでも、これ以上の無理をお願いするのは、平岡社長にも申し訳ないと

母が申すものですから」


「平岡社長というと……えっ、こちらは、平岡物産のご子息でいらっしゃる。

私としたことが、知らぬこととは言え、大変失礼をいたしました。

平岡社長の奥様とは、以前、お花の会でご一緒させていただいておりました。

まぁまぁ、さようでございますか。

副社長のお近くで大事なお仕事をこなされて……ご立派ですわ。

帰国の際、平岡の奥様にお会いしたら、イタリアでお目にかかりましたと

お伝えしますね」



平岡が副社長秘書というだけでなく、近衛グループのひとつである平岡物産の

社長の息子であるとわかると、それまでの失礼極まりない言動も忘れたように、

高木夫人は手のひらを返したように媚びる姿勢を見せた。

平岡は笑いを堪えきれないようで、顔を背け隣りの部屋へと行ってしまった。

息をひそめてこちら伺っている珠貴と、さっそく顔を見合わせて笑っている

ことだろう。




「こちらは奥様が? こちらではなかなか手に入らない食材ばかりですね。

兄のためにわざわざお持ちくださいましたのね。ありがとうございます」


「えっ、えぇ。どうぞ、お役に立てていただければ……

ですが、静夏お嬢様、お料理などお手間では? 

私も、ぜひお手伝いさせていただきたいのですが」


「おかあさま、静夏さんがいらっしゃったのでしたら、

私たちは遠慮させていただきましょう」


「悠美恵ちゃん、せっかくここまで来たののよ。

それでは来た意味が、あっ……」



なるほど、意味があったから私の看病に来たのか。

そんな心持の人物には、早々にお帰り願いたいものだ。

私の心を代弁するように静夏の声が続いた。



「高木さまのご好意は、ありがたく頂戴いたします。  

こちらで大変お世話になりましたと、母はもちろん父にも、

そのように報告いたしますので」



静夏の嫌味の利いた言葉に、支社長夫人は何も言い返せず 「それではお大事

に」 と娘とともに帰って行ったのだった。




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