ボレロ - 第二楽章 -
廊下の足音がだんだん遠くなり、完全に消えると私も静夏も笑い出した。
「静夏、傑作だったぞ。あの親子をよくぞ追い返してくれた」
「そうよ、この借りは高いわよ。ねぇ、珠貴さんはどちら?
ここにはいらっしゃらないの?」
静夏の声が聞こえたのか、隣りの部屋から平岡と一緒に出てきた珠貴は、静夏
の顔を見ると駆け寄り、二人で手を取り合って再会を喜んでいる。
「事件のこと、聞きました。大変だったそうですね」
「みなさんに助けていただいて、お兄さま方には本当にお世話になったのよ」
「でも良かった。こうしてお会いできて……」
静夏の目が潤み、鼻を真っ赤にしながら良かったと何度も繰り返す。
ありがとうと言いながら、珠貴が妹を抱きしめた。
「台風のような母親と娘でしたね。
見舞いに来たというより、点数稼ぎだったのかな」
「私、昔から高木さんは苦手なの。
中学高校の先輩だけど、あの頃もお高く留まってたわ。
媚びるようで押しが強くて、人を見下したような言い方をするんだもの。
”私は遊んでいるわけにはまいりませんので” ですって。
私が気ままに遊んでいるとでも言いたいのかしら。
お母さまも苦手よ。誰の知り合いだとか、どこそこの誰と縁続きだとか、
そんな自慢ばかり。自分を大きく見せたい人なのよ。
あんな方がお姉さまになるなんて、まっぴらだわ」
「静夏、それ、どういうことだ」
「宗に悠美恵さんを会わせたくて、連れてきたに決まってるじゃない。
たまたま日本から来てたなんて言ってたけど、もしかしたら、
急いで日本から呼び寄せたのかも知れないわよ。あーっ、気分悪い」
「静夏さんの嫌味、最高だったな。僕もスカッとしました」
「あら、平岡さん、安心できませんよ。
副社長がダメなら、平岡社長のご子息に目標を変えて、
再アタックってこともあるかも。高木さん、しつこいですよ」
「やめてくださいよ。とんでもない。あんな母親がいるなんて願い下げです」
「支社長夫人もお前にかかったら形無しだな。だけど助かったよ。
それで本当なのか? お袋から電話があったっての」
「そうよ。宗一郎さんが心配だから、あなたが行って頂戴って
お母さまに言われたけど、私が来ても邪魔なだけなのに」
そういうと、妹はふふっと笑って私と珠貴を見比べ 「だけど、一応ここに
来たってことにしなくちゃね」 と片目をつぶった。