ボレロ - 第二楽章 -
「せっかくだからこちらを旅行して帰るわ。
知弘さんが、お仕事の合間に案内してくださる約束なの。
これから駅で待ち合わせだから、慌しくてごめんなさいね。
平岡さん、私が来たってこと、母に報告をお願いします。
それから、高木さんの報告は適当でいいですから。
いきなり押しかけてこられて迷惑だったと、伝えてくださってもいいですよ。
本当にそうだったんですものね。
ナポリから帰ってきたら、また寄るわ。珠貴さん、宗とごゆっくり」
言いたいことを言うと、妹はひらひらと手を振って部屋を出て行った
それでは僕も失礼しますと平岡も立ち去り、嵐のような騒がしさから一変、
静かな時が戻ってきた。
「思いもしないことが起こるのね」
「そうだね。これで本当に邪魔者は消えたな。
隣りでじっとしてるのは窮屈だっただろう」
「笑いを堪えるのが大変だったわ」
腕を引き寄せ胸に抱えた珠貴は、先ほどの状況を思い出したのか、ふふっと
笑っている。
「高木親子の会話を聞いて、嫌な思いをしたんじゃないか」
「いいえ。あなたを好きでいる限り、これからもあるでしょう。
いちいち気にしていたら身が持ちません」
「珠貴……君は強いね」
「愛されている自信がありますから」
珠貴の真っ直ぐな言葉が、私の心を満たしてくれる。
嬉しさで顔が緩みかけたが、照れ隠しに咳払いをして窓の外へと顔を向けた。
暗くなる前に出かけようかと提案すると、即座にそうしましょうと返事があり、
身支度を整え、私たちも部屋をあとにした。
いつもと変わらぬ彼女の笑顔がそこにあった。
二人で迎える朝の風景に、私の部屋で過ごしているような錯覚に陥るが、
開け放たれたカーテンから見える教会の様式が、日常ではないと物語って
いる。
顎に手を添えると、素直に顔を上げ目を閉じた。
休暇はまだ四日間残っている。
もう誰にも邪魔はされない、二人だけの極上の時間を満喫するだけだ。
満ち足りたキスをかわしながら、今日の楽しい予定を思い描いた。