ボレロ - 第二楽章 -


「せっかくだからこちらを旅行して帰るわ。

知弘さんが、お仕事の合間に案内してくださる約束なの。 

これから駅で待ち合わせだから、慌しくてごめんなさいね。

平岡さん、私が来たってこと、母に報告をお願いします。

それから、高木さんの報告は適当でいいですから。 

いきなり押しかけてこられて迷惑だったと、伝えてくださってもいいですよ。

本当にそうだったんですものね。

ナポリから帰ってきたら、また寄るわ。珠貴さん、宗とごゆっくり」



言いたいことを言うと、妹はひらひらと手を振って部屋を出て行った

それでは僕も失礼しますと平岡も立ち去り、嵐のような騒がしさから一変、

静かな時が戻ってきた。



「思いもしないことが起こるのね」


「そうだね。これで本当に邪魔者は消えたな。

隣りでじっとしてるのは窮屈だっただろう」


「笑いを堪えるのが大変だったわ」  



腕を引き寄せ胸に抱えた珠貴は、先ほどの状況を思い出したのか、ふふっと

笑っている。



「高木親子の会話を聞いて、嫌な思いをしたんじゃないか」


「いいえ。あなたを好きでいる限り、これからもあるでしょう。 

いちいち気にしていたら身が持ちません」


「珠貴……君は強いね」


「愛されている自信がありますから」



珠貴の真っ直ぐな言葉が、私の心を満たしてくれる。

嬉しさで顔が緩みかけたが、照れ隠しに咳払いをして窓の外へと顔を向けた。

暗くなる前に出かけようかと提案すると、即座にそうしましょうと返事があり、

身支度を整え、私たちも部屋をあとにした。



いつもと変わらぬ彼女の笑顔がそこにあった。

二人で迎える朝の風景に、私の部屋で過ごしているような錯覚に陥るが、

開け放たれたカーテンから見える教会の様式が、日常ではないと物語って

いる。

顎に手を添えると、素直に顔を上げ目を閉じた。

休暇はまだ四日間残っている。

もう誰にも邪魔はされない、二人だけの極上の時間を満喫するだけだ。

満ち足りたキスをかわしながら、今日の楽しい予定を思い描いた。








< 154 / 287 >

この作品をシェア

pagetop