ボレロ - 第二楽章 -
「驚きました。珠貴さん、リカルドと知り合いだったんですね。
今日は友人のピンチヒッターで、彼の日本初来日を取材に来てたんですが、
到着ゲート奥に二人の顔が並んで見えたときは、
えぇっ! と目を疑いましたよ」
「偶然同じ便に乗り合わせただけです。
機内でお困りのようだったので、声をかけただけです。
彼って有名人だったのね。知らなかったわ」
「リカルドが、イタリアでも有名なミュージカル俳優だって知らずに、
声をかけたんですか?」
「ミュージカル俳優? そうなの……彼の食事が頼んだものと違ったらしくて、
クレームが聞こえてきたの。
リカルドさん、興奮気味に早口でおっしゃるから聞き取りにくそうで、
乗務員が何度も聞き返すものだから、彼、イライラしてもっと早口になって」
「見かねて、つい声をかけたってことですか。珠貴さんらしいなぁ」
食べられない物が多いと伝えていたのに、この食事はどうしたことかと、離陸後
まもなく聞こえてきた会話だった。
よほど嫌いな食材が運ばれてきたとみえ、まくし立てるように苦情を並べる
男性と、要望に対応しきれないキャビンクルーのやり取りが気の毒で
「お困りのようですが」 と声をかけたのだった。
それがきっかけでリカルドと話をするようになり、彼が私に親しみを覚えたの
ではないかと言うと、宗と漆原さんは呆れた顔を見合わせた。
「君は極秘帰国だ、あんな有名人と到着ロビーに現れたら困るじゃないか」
「珠貴さんは、まだイタリアにいることになってるんですよ。
あの事件以来、須藤珠貴に接触したマスコミはいない。みんな誘拐劇の中心
人物の須藤社長令嬢を追いかけてるんですから」
「今日だって、家族の出迎えがないほうがいいだろうという知弘さんの意見で、
目立たないように到着ロビーから連れ出すつもりだったのに」
「カメラを構えた先にリカルドと珠貴さんがいたんですから、
驚いたなんてもんじゃないですよ」
二人から苦情が交互に伝えられる。
「そういわれても、私も困ってるんです」 と弱気ながら反論するが、二人とも
取り合ってくれない。