ボレロ - 第二楽章 -
「彼は日本での知名度はさほどありませんが、これからでしょうね。
でも、一部のファンの熱狂ぶりはすごいです。
来週の週刊誌の記事が怖いなぁ。珠貴さん、覚悟しておいた方がいいですよ」
「私だとわかったの?」
「いまはまだ、謎の女性とだけ……あなたが走り去った方向を見ながら、
”日本で運命の人を探します。必ず彼女に会えると信じています”
ってのが、リカルドの日本での第一声でしたからね」
「だからさっき、カメラマンが追いかけてきたのか」
「ロビーで待機していた記者連中にも、リカルドと珠貴さんが会話してるのが
見えたんでしょう。
それで ”彼の運命の女性は、さっきの彼女だ” と追いかけた……
まさかその人が、マスコミがこぞって接触したがっている須藤珠貴だとは
知らずにね」
彼に名前を教えたんですかと漆原さんに聞かれ、教えました……と言うと、
またも宗とふたりで呆れた顔をする。
でも、教えたのは名前だけなのよ、と言ってみたが、
「堂々と名乗るところも珠貴さんらしいが、
うーん、帰国がバレるのも時間の問題かな」
「だろうな。食い止めるには、アイツを捕まえて口封じをするしかない」
「どういうこと?」
「リカルドが ”運命の女性の名は スドウ タマキ……” だと、
いつ口にするかわからないってことです。
名前しかわからない。そうなると、手がかりを求めて方々で口にする可能性は
大きいですね」
「聞いたほうも驚くだろうね。いまや君は有名人だから」
「もぉ、冗談はやめて!」
「冗談じゃないですよ。名前からあなたにたどり着くのは簡単だ。
社長令嬢誘拐事件後、静養のために訪れたイタリアで運命の出会い!
なんて記事、俺なら書くだろうな」
とにかくおとなしく過ごすことだね、と宗に言われ、はい……と、しぶしぶ返事
をした。
年内中は向こうに滞在する予定でいたが、外国にひとりでいるのは心配だと母に
言われ、急遽帰国することになった。
家族でクリスマスを過ごす習慣のある外国の街は、昼間の街中は賑やかだが、
イブ前後の数日はみなみな家族と過ごすために家にこもる。
母の言葉を聞き、私も大事な人と一緒に過ごしたい……との思いが募り帰国を
決めたのに、これでは向こうにいるのと変わりないではないか。
事件前に約束したクリスマスの予定も中止するしかないねと宗に言われ、帰国
の嬉しさも宗と会えた喜びも一気に消えていった。
「じゃ、俺はこれで……リカルドの記事が出たら、また知らせます。
できるだけ珠貴さんの素性が表に出ないように、あちこちに手を回してみます。
それと、明日はやっぱり遠慮します。慣れないし場違いな気がして、
顔を出しても気後れしそうだ」
「そうですか。残念ですが……では、記事のこと頼みます」
コーヒーごちそうさまでした、と人懐っこい顔を見せて漆原さんは帰って
いった。
明日何かあるの? と宗に聞いたが 「うん、ちょっとね」 と言うだけで教え
てくれなかった。