ボレロ - 第二楽章 -
「せっかく北園さんが気に入ってくださった方だったのに、
残念だけど、あの方には守るべきお庭があるの」
「えっ、それじゃ、あの人が近衛の家の跡取りだってことで。
そんな人が、なんでまたここに」
宗の姿を目で追うと、ソフトドリンクを持ったまま庭を眺め、ときには
しゃがみこみ足元の草花を見つめている。
招待者と話すでもなく、時折スタッフに声をかけている。
何を話しているのか楽しそうな顔だが、私の方をチラッとも見てはくれない。
私がここにいることはわかっているはず。
それなのに、合図も送ってこないなんて、このまま知らぬ顔で通すつもり
だろうか。
「彼が……今日どうしてここにいるのか、私にもわからないのだけど、
本来はおいでになる方ではないのよ」
「そうでしたか。あの方が近衛の若様だったとは。
なるほどねぇ、他の人と落ち着きが違うはずだ」
「わぁ、若様って、うふふ……ピッタリね。ふふ………」
北園さんの例えが可笑しくて、私は笑いを止められなくなっていた。
声が出そうなほどの笑いを何とかこらえ、体を震わせて笑っている私に
北園さんの笑顔が向けられた。
「相手が跡取りだろうがなんだろうが、自分がいいと思ったら、
コイツならって思う男ならつかまえるべきです。
あの人なら間違いないね。珠貴お嬢さんだって、そう思っているはずだ」
「でもねぇ、無理だと思うのよね。どう考えても」
「とっさに名前を呼ぶほどだ、浅からぬ仲だと見ましたが」
「やっぱり聞こえてたのね。北園さんにはかなわないわね。
彼とはね、珍しいところで知り合ったの」
車のトラブルに遭遇している彼を、自分の車にのせて送ったのが出会いだと
告げると、北園さんはそりゃぁ本物だと嬉しそうな顔をした。
小さい頃から私を知っている北園さんには性格は見通されているらしく、
自分を偽るのは似合いませんよ
と真顔で言われ、私は心の奥を隠すことが出来なくなった。
話をしながらも宗の姿を目で追っている私は、北園さんにはじれったく見えた
ことだろう。
また宗の姿を確認しようと庭の奥へと目を向けると、さきほどまでいた場所
から彼の姿が消えていた。
首を振り方々を見るがどこにも姿が見えない。
「近衛の若なら、きっとあそこだと思いますよ」
「どこにいるか知ってるんですか?」
「この屋敷で禁煙じゃないところはどこかと聞かれたもので、
裏庭奥の作業所付近なら、誰にも見咎められないはずだと言いましたが…… 」
頬の辺りを人差し指がしきりと行き来しながら、ですが、あそこは他にも誰か
いるかもしれませんよと、いいにくそうに教えてくれた。