ボレロ - 第二楽章 -
今夜は、知弘さんが仕事関係の方を招いてパーティーが催されるそうで、朝から
それらの準備のため多数の人が出入りすると聞いている。
人目につく恐れがあるため、できるだけ部屋から出ないようにと言われていた。
どこにいても、身を潜めるように過ごさなければならないのか……
家族に会い、宗にも再会したのに、私の心は重く沈んだままだ。
カーテンをあけ部屋に光を招き入れると、キラッと何かに反射したため、それは
何かと目を凝らした。
昨夜、母が持参したドレスに縫い付けられたビーズが光っていた。
”パーティーで着てね” と言いながら渡されたが、今の私にはそんな予定は
ない。
何事もなかったら、この冬のクリスマスシーズンは、新調したドレスの出番が
あったはず。
手の込んだビーズ刺繍のドレスも着る機会がないのでは、ただの布地に過ぎな
いのに……
掛けられたドレスを眺め、虚しさが押し寄せてきた。
今年のクリスマスは、宗とシャンタンのクリスマスディナーの予定だった。
ずっと前から楽しみにしていた。
プレゼントも用意して、彼の喜ぶ顔を見られると思っていたのに、こんなに寂し
いクリスマスを迎えることになるなんて……
ビーズの煌きを見ながら、また、仕方のないため息がでていた。
「珠貴ちゃん、起きてる?」
「起きてるわよ」
控えめなノックのあと紗妃の声がした。
父は翌日の仕事のため母をともなって帰っていったが、冬休みに入った紗妃は
そのまま泊まっていた 。
屋敷内は今夜のパーティーの準備のため慌しく、紗妃も居場所がないのだろう。
ドアが開き顔が見えたと同時に、空腹をくすぐる香りが漂ってきた。
「お腹がすいたんじゃないかと思って」
「わぁ、ありがとう。いい香りね。すぐ着替えるわ」
ワゴンに二人分の食事が見え 「手伝うから待ってて」 と言うと、
「私が用意しておくから、ゆっくり着替えてね」 と優しい言葉が添えられた。
十数歳年下の妹とは、ケンカもしないが特に親しくすることもなく、どちらかと
言えば淡白な関係だと思っていた。
そうではないと気づかされたのは、今回の事件があったから……
余計な心配をさせないため、しばらく私の誘拐の事実を伏せていたが、連絡も
取れず行き先もわからない、これはおかしいと感じた紗妃は
「何があったの? どうして隠すの? 私だって珠貴ちゃんが心配なのに」
と泣きながら紗妃から問い詰められたと、知弘さんから聞いた。
こんなにも心配してくれる妹がいる、それが何より嬉しかった。
「帰ってきてくれてありがとう」
「なによ、急に」
「珠貴ちゃんは、私のサンタクロースだもん」
「なんだ、そういうこと」
「だって、プレゼントのないクリスマスなんて寂しいでしょう」
「あなたはいいわね。私は寂しいクリスマスになりそうよ」
「そんなことないと思うけど……」
「どうして? 誰にも会えないのよ。
プレゼントを届けてくれる人もいないじゃない」
そうでもないかも……と言いながら、紗妃は複雑な顔をした。
そうでもないって、なぁに? と聞き返したが 「なんでもない」 と返事に
ならない返事をして話題を変えた。