ボレロ - 第二楽章 -


日が傾きかけた頃、私に来客があった。

彼女の力があったから、私は無事に助け出されたといってもよい。

おかえりなさいと言いながら、紫子さんは満面の笑みで私の手をとり握り

締めた。



「ゆかちゃん、ありがとう……潤一郎さんにも……お世話になりました」


「うぅん、私はできることをしただけ。みなさんのお力があったから……

本当に良かった……」



伝えたい思いはたくさんあるのに上手く言葉にならず、私たちは手を取り合った

まましばらく立ち尽くした。



「私ね、宗一郎さんにひどいこと言ってしまったの」


「ゆかちゃんが? まさか……」


「珠貴さんが危険な目にあっているかもしれない。

そう思ったら、心配で落ち着かなくて。

それなのに、宗一郎さんったら平然として、大丈夫だとおっしゃるから、 

”珠貴さんを、よくご存じないからそんなことが言えるんです!” って……

出張にお出かけになるときも、 

”どうしてそんなことができるんですか。大事な人よりお仕事なんて” って

責めてしまって」


「彼、返事に困ったでしょうね」


「それがね、俺には立場があるんだって、堂々と反論なさるのよ」


「ふっ、宗一郎さんらしいわ」


「珠貴さんの大切な方なのに……ごめんなさいね  

宗一郎さん、どんなに珠貴さんの身を案じていらっしゃったことか。 

私みたいに取り乱すこともなく、じっと耐えていらしたはず。

辛い思いで日本を離れたのでしょうね……

でも、おふたりのこと、黙っていらっしゃるからいけないのよ。

今度ゆっくり聞かせてくださいね」



次にお会いしたとき必ずよ、と有無を言わせぬ目で見つめられ、コクンとうな

ずいてしまった。

紫子さんの口から語られる宗の様子から、離れているあいだ私へ向けられた

彼の強い想い知った。



「今夜は驚くことがあるのよ。ふふっ、いまはまだ内緒だけど」    



内緒だといいながら、彼女はすでにパーティーの装いで、華やかな衣装がよく

似合っている。

やっぱりそうだったのねと、心の中で予想が的中したことを喜んだ。



「まぁ、楽しみだわ。私はこのドレスでいいのかしら」


「えっ、ご存知なの?」


「私のためにパーティーを開いてくださるんでしょう? 

なんとなく、そうじゃないかと思って」


「さすが珠貴さん、お見通しだったのね。

では、さっそく準備をはじめましょう」



紫子さんは、お母さまからお預かりしてきましたと、私の靴やバッグを持参して

いた。

今夜の主役は珠貴さんですから、うんと綺麗にしましょうねと張り切っている。

鏡の中の私はいつになく華やかで、気恥ずかしく思いながらも彼に会う時が待ち

遠しかった。



時計の針が18時をさす少し前、その人はやってきた。

あなたのエスコート役を務めることになりましたと、はにかんだ笑みであらわ

れた櫻井さんは、「行きましょうか」 と私を部屋から連れ出し黙って歩いて

いたが、広間の扉の前で立ち止まった。 



「近衛さんは遅くなるそうです」


「そうですか……」



迎えに来てくれるのは宗だと思っていた。

落胆の表情を浮かべたつもりはなかったのだが、小さなため息が出ていた。



「あのときと同じです。僕は彼から、あなたを守る役を託されました」


「櫻井さん?」


「さぁ、笑顔でお客様をお迎えしてください」



櫻井さんの視線にうながされホールに顔を向けると、そこには私の予想を遥か

に超える数の人々が集まっていた。




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