ボレロ - 第二楽章 -
夢見心地とでもいうような、ふわふわと浮いた感覚の雰囲気の中にいた。
逢いたいと願った顔が並び、大変でしたね、無事でよかったと、異口同音の言葉
が口々に告げられ、みなさまのおかげです、ご心配おかけしました……と、私も
言葉を返す。
煌びやかな広間で多くの笑顔に囲まれ、そこに宗がいないことさえ忘れてしまい
そうなほど、心地よいざわめきに酔っていた。
父が主催者だと知ったのは、パーティーが始まってまもなくのこと。
「みなさま、本日はありがとうございます」 と広間に集まった招待客に向かっ
て呼びかけた父は、「お集まりいただいたみなさまには、ひとかたならぬお世話
になりました」 そう言うと、深く頭を下げた。
「知弘さんが企画してくださったとばかり思っていたわ」
「社長が……兄さんが言い出したんだよ。
珠貴の父親として、みなさまに感謝の気持ちをお伝えしたいといってね」
「そうだったの。たくさんの方をお招きするのは、大変だったでしょう」
「みなさん喜んで出席しますと返事を下さった。こんなにも大勢の人が、珠貴の
ことを案じてくれていたんだね」
「本当に……」
事件後しばらく入院し、健康面だけでなくマスコミからも守ってくださった、
沢渡先生と美那子さんの姿も見える。
母を説得してくださったそうですねと沢渡さんに礼を言うと、近衛さんに恩を
売っておこうと思いましてねと、冗談交じりの楽しい返事があった。
お二人が姿を見せたとき、会場にざわめきが起こった。
異臭事件が発端になりマスコミで交際を宣言した二人だったと、みなさんが記憶
していたからだ。
少し遅れて到着したのは、私の居場所を突き止め救出時の手配をしてくだ
さった、狩野さんと奥様の佐保さん。
お忙しいのにありがとうございました、とお伝えすると、「近衛さんと珠貴さん
にお会いしたいわ」 との妻の佐保さんの願いに 「実は仮病を使って仕事を
抜け出してきたんですよ」 と狩野さんに耳打ちされ驚いたが、この忙しい時期
に招待される側になるなんて滅多にありませんから、と添えながら、狩野さんと
佐保さんは楽しそうな顔をみせてくれた。
紫子さんと一緒に出席してくださった潤一郎さんは、今夜は妻の付き添いです
からと遠慮して、みなさんの後ろに隠れるように立っていたところ、父が潤一郎
さんを見つけ出し長々と礼を述べ始めたため、困ったといった顔になっていた。
京極長官にもよろしくお伝えくださいと、ひそめた声で父から告げられ、潤一郎
さんから 「恐れ入ります」 と短い返事があった。
知弘さんから事件解決の内幕を聞き、影の功労者ともいえる潤一郎さんと紫子
さんにお会いして、直接礼をお伝えしたいとの父の願いが、今夜のパーティーを
催すきっかけになったそうだ。