ボレロ - 第二楽章 -
私が所属する部署からは、蒔絵さんをはじめ、デザイン室・企画室のほとんどの
スタッフが顔をそろえていた。
みな私の安否が気がかりで、仕事が手につかなかったと聞いている。
「年明けからは、これまでの分も取り返すぞ」 と、室長代理の頼もしい声が上
がっていた。
他にも会社からは、父の直属の部下の数名が招かれていた。
今回の事件で、図らずも社内の派閥が明らかになったが、ここにそろった顔ぶれ
が父がもっとも信頼を寄せる側近ということだろう。
彼らの口から、知弘さんを専務に望むとの声も聞かれた。
今回の知弘さんの働きは誰の目にも明らかで、おそらく父の頭の中にも同じ
考えがあるのだろうが、当の本人は 「いや、私には務まりませんよ」 と手
を振って真剣に応じる気配はみられない。
そういいながら、父が知弘さんの力を必要とし専務就任を要請したならば、その
ときは応じるのではないかと私は密かに考えていた。
これから、『SUDO』 は大きな変革期を迎える。
私も知弘さんも、までのように自由に振舞うことはできなくなるのかもしれ
ない。
先に到着した宗の秘書である平岡さんから 「副社長は、ぜひこちらに伺いたい
と申しておりましたが、少々面倒な会合がありまして……」 場合によっては欠
席となるかもしれないと聞かされた父は、とても残念そうな顔をした。
霧島さんとの間を取り持ってくださった近衛さんにはずいぶんお世話になったの
で、ぜひお会いしたかったのですがと、明らかに落胆している。
このところ、父が宗を話題にすることが増えていただけに、今夜の席で二人が
もっと近くなってくれたらと願っていたのに、会えない可能性もある。
彼が立場上、自分の意思だけでは動けないとわかっていながら、やはり寂しさは
ぬぐえず、多くの笑顔に囲まれ楽しい時間を過ごしながら、私の心は彼を求めて
彷徨っていた。
パーティーが始まって二時間もたったころ 「どうぞ、最後までみなさんで楽し
んでください」 と伝えた両親が、先に失礼しますと招待客に向かって挨拶をし
た直後だった。
突然、歌声が響いてきた。
その声量は、すべての者の耳をとらえ、パーティー会場は一瞬にして静寂に
包まれた。
「リカルドさん!」
「彼を知ってるの?」
「えぇ……」
僕の若い友人だよと、知弘さんが彼とのつながりを説明してくれたが、私は驚き
と戸惑いで言葉を失った。
『きっと会えるはずだ。僕は信じています』……リカルドの言ったとおりに
なった。
『もし、再会が運命なら』……自分の言った言葉が、心に重くのしかかる。
よく響くバリトンでミュージカルナンバーやイタリア歌曲が披露され、会場の誰
もがリカルドの素晴らしい声に聞き入っていた。
「その様子では、まだ気がついていないね」
「えっ?」
「君がリカルドを見ているあいだ、彼はずっと珠貴を見つめていたよ」
「いつから……」
「兄さんたちが帰る少しまえだったかな。このあと、別の席を用意する。彼と
そこで話をするといい」
すでに私の耳にリカルドの歌声は届かず、その場にいる誰の姿も視界から消え
ていた。
腕を組み壁に背を預け、こちらを見つめ続ける宗の姿だけが、私の目の中に
あった。