ボレロ - 第二楽章 -


だからといって急に言葉遣いを変えることもできず、案外不器用な息子にそれ

以来言わなくなったが、父は親子であると示したいのか、二人のときはくだけた

口調のことが多かった。

 

「潤一郎と体格はさして変わりはないのに、お前の方がよりじいさんに似ている

のは、どういうわけかな」


「さぁ、そういわれても」


「先々代が、宗一郎に託したいことがあるんだろうなぁ。……迷うことでもある

のか」


「えっ?」


「仁王立ちの後姿、なかなか迫力があるぞ」



曽祖父が腕を組んで庭を見据えるときは、何事かを思いあぐねているときだった

と聞かされ、今の自分がまさにその通りだったため、言い当てられ苦笑するしか

なかった。



「迷ったら自分に聞け。答えはかならずお前の中にある……だな」


「その言葉、この庭で教えられました。お父さんも?」


「耳にたこができるほど聞かされた。あの人は、子々孫々まで自分の影響力を

残したいんだろう」



父の顔も苦笑いで、けれど 「そういうことだ。答えは自分の中だ」 と私の

肩をひと叩きして建物内に入っていった。

さし当たっての迷いは、正月の席で家族に珠貴の存在を宣言するか否かという

ものだったが、これは迷いというよりためらいと言える。

言い出すタイミングを間違えば、正月の穏やかな雰囲気を壊すだけでなく、両親

の心情を悪くするかもしれないのだからなどと、ためらう理由を並べていた。


もう一度、腕を組み足を大きく開いて庭に立つ。

言葉にして伝えなければ何も始まらないではないか、まずは意思表示からだ。

すでに自分の中に存在していた答えを拾い上げ、頭の中で確認した。

庭を見据えながら、と曽祖父の言葉で腹が決まった。





都心から車で二時間近くかかり、交通機関を利用するなら、さらに一時間以上は

覚悟しなければならない。

もっとも、『吉祥』 を訪れるの客のほとんどは運転手を従えてやってくる

ため、交通機関を利用する必要はないのだが、それでも山奥まで足を運ぶ不便

を伴うことになる。

立地条件としては、決して良いとは言えない場所に立てられたホテルであるにも

関わらず、『吉祥』 本館・別邸ともに、年末年始だけでなく一年中客足が絶え

ることはないと聞く。

行き届いたもてなしにリピーターが多く、「次の予約をして帰る客がほとんど

だ」 とは、今は同業者でホテルを支える側になった、大学からの友人狩野の

学生の頃の弁だ。

学生の間の正月はバイトを兼ねた現場実習だ、父親が経営するグループ内の

ホテルを一通り経験させられるんだと、半ばあきらめた口調の狩野から、近衛は

どうするんだと正月の予定を聞かれ、家のしきたりでホテルで過ごすのだと 

『吉祥』 の名をあげたところ、即座に本館か別邸かと聞き返された。

別邸だと返事をすると、ヒューと口笛を鳴らし大げさに驚かれ、お前のバック

グラウンドを忘れていたよと妙に感心された。

『吉祥 別邸』 はホテルの中でも別格で、新規の予約は無理だというのが定説

だと業界の裏事情を教えられ、それまで何の疑問もなく狩野がいうところの 

「別格」 を利用してきたことに気づかされたのだった。




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