ボレロ - 第二楽章 -
裏庭には、我が家に出入りする人々のために建てた小屋がある。
作業所と呼んでいるが、仕事の合間に休んだり食事をしたりできる所で、
煙草を好む人も多いことから喫煙所にもなっていた。
小さい頃、作業所のそばにいくときつい煙草の匂いが漂い、子供心に
近寄ってはいけない場所なのだと思ったものだ。
普段も滅多に行くことはなく、自分の家の敷地ながら何年ぶりかで足を踏み
入れる場所だった。
小屋に近づくと二人の男性の背中が見え、それぞれの指先から薄く煙が立ち
上り、喫煙中であることがうかがえた。
一人は宗であることに違いないが、もう一人は……
まさか、そんなはずはないと思いながら、見慣れた背中からたどり着いた顔は
禁煙を言い渡されているはずの人。
宗と並んで座っているのは父だった。
体調を崩してから医師に禁煙を言われ、自らも煙草は控えていたはず。
自制心の強い人で、いったんこうと決めたら何事もやり遂げる、そんな人だと
思っていたのに、こんなところで隠れて吸っていたなんて、父の意外な顔が
見えて、そこではっと思い当たった。
だから北園さんは言いにくそうに私に言ったのかと……
何を話しているのか真剣な面持ちで、時々双方ともに頷きながら低い声が漏れ
聞こえてくる。
けれど私のこの位置からは話の内容までは聞き取れず、もう少し近づけない
ものかと小屋の側面に回り込んだ。
”動き出すときがきたようだ”
そう言っていたのはこのことだったのか。
正攻法が無理なら他の方法でいこうと、こんな手を思いついたのだろうか。
仕事以外で父に会うのは困難だ、ならば誰かの手引きでパーティ会場に
入り込む。
初めて会う人間も多いこんな場所では誰も宗の存在を疑わず、父も警戒する
ことなく話ができるというもの。
宗の大胆さに呆れながらも、驚き、そして嬉しかった。
それにしても、事前に一言私に相談してくれても良さそうなものなのに、
数日前に会った 『割烹 筧』 では、そんな素振りはまったく見せなかった。
そういえば、あのとき最新ジュエリーと一緒に、パーティーの出席者の情報を
渡してくれた。
断るのに役に立つだろうからと渡されたそれには、出席者の詳細なデータが
のっていた。
あのときすでに今日の事を決めていたに違いない。
二人のそばに近づきながら、私は宗がどのようにして父に話をしているのか
非常に気になり、次第に聞こえてくる声に私は耳を澄ませた。
「霧島さんの条件は以上のとおりです。いかがでしょうか」
「ウチとしても申し分ありませんね。
それにしても、このようなお気遣いをいただけるとは、
こちらとしては願ったりですが、恐縮もしております」
「いえ、私も仲立ちとしての役目も果たせたようで安心しました。
先方には、須藤社長のお気持ちをお伝えいたします」
霧島さんといえば、今日おいでになるはずの方、彼は霧島さんの代理なの?
聞こえてきたのは私と宗のことではなく仕事に関するもので、それもある内密
の取り引きの内容だった。