ボレロ - 第二楽章 -
父の沈黙を同意とみなしたようで、お袋は我が意を得たりと、いよいよ身を乗り
出してきた。
「ほらご覧なさい、みなさんも同じご意見よ。あなたのご機嫌も良さそう
だし……宗さん、そろそろいかがかしら」
「そろそろ?」
何を言いたいのかわかっていながら、まったくもってわからないという顔を
すると、テーブルの下で静夏のひざが逆襲に出た。
睨み返したいのを我慢していると、重ねるようにお袋の言葉が押し寄せてきた。
「宗さんのお隣に、新しいお席が加わってもいいんじゃないかしら。もちろん、
あなたの気持ち次第ですけれど」
「……考えないこともないよ」
そのときのお袋の顔ときたら、これ以上ないほど目を見開き全身で驚いていた。
自分で聞いておきながら、予想外の返事に驚いたようだ。
本当なの? ねぇ 宗さん そうなの? と、何度も聞き返し、私の意思を確認
する。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。結婚しないと言った覚えはないよ」
「だからそれですよ。あなたの口から結婚の言葉がでるなんて。まぁ……どう
いう風の吹き回しでしょう。どなたか気になる方がいらっしゃるのかしら。
それとも、私たちに任せてくださるの?……
いえ、急いではいけないわね。ゆっくりお話を進めましょうね」
先走りそうな勢いを見せながら、自分に急いではいけないと言い聞かせるお袋
の落ち着かない様子に、ひとまず先ほど笑ったわけを話して聞かせた。
「庭を見ながら思い出してたんだ。葵ちゃん、覚えてる?
いつの頃からか会わなくなったじゃないか。あの子も成人してるんだろうなと
思ったんだ。だけど、どうしても幼い顔しか浮かばなくてね」
「八木沢さんのお嬢さまね。えぇ、覚えていますとも。とっても可愛らしい
お嬢さんでしたもの。そうだわ、お母さまにお聞きしてみましょう。
もしご縁があれば、こんなに嬉しいことはありませんもの」
「どうしてそうなるの。ただ思い出しただけじゃないか」
「どうしてってことはないでしょう。ご縁はね、こうして繋がっていくん
ですよ。あら、おめずらしい。小浜さん、お嬢さまもご一緒だわ。
私、ご挨拶してまいりますね。あなたもお願いします」
言葉を挟む間も与えず、ダイニングに入ってきた古い知り合いの顔を見つける
と、お袋は嬉しそうな顔をして立ち上がったのだった。
新年の挨拶だけではすみそうにない勢いが見られ、「待ってよ」 とお袋を止
める私より先に、静夏と紫子、大叔母までが腰を浮かせお袋を呼び止めた。
「みなさん、どうなさったの」 と怪訝そうな顔に、三人はハッとしたように
口へ手をやり、 「いえ、なんでもありません」 と、申し合わせたように
座った。
気を取り直して席を立ったお袋の後を追うように父も退席すると、テーブルに
残された面々が顔を見合わせた。