ボレロ - 第二楽章 -
大事な席だというのに、接待の間も父の顔を何度もうかがっていた。
終わったのはいいが、相手が去りがたい様子でなかなか腰を上げず、父もそれ
に付き合っている。
こんなことなら店に入る前に話しておけばよかった、いや、朝のうちに社長室
に出向き話しておくべきだったと、自分の至らなさにため息が出た。
今日一日、社長である父のそばにいながら、私は話すタイミングを失していた。
ようやくお開きとなり客を見送ったあと、運転手が待つ車へ乗り込む前の父へ
「少しいいですか」 と声を掛け、料亭前の路地脇で立ち話の形になった。
横に平岡がいるがこの際仕方がない。
彼はすべての事情を知っているのだから、いまさら隠す必要もない。
「須藤珠貴に電話をされたそうですね」
一気に父に告げたあと、平岡に視線を走らせると案の定驚いた顔をしていた。
「うん……」 と短い肯定の返事があり、話の先を続けようとした私を手で制
すと、父は運転手に先に帰るよう告げた。
「平岡君、私も送ってもらえるだろうか」
「はい」
心得顔の平岡は父を後部座席へと案内し、私が乗り込むのを確認すると車を
発進させた。
「実に気持ちのいいお嬢さんだね。君もそう思うだろう?」
ルームミラー越しに平岡に語りかける父の言葉は、彼がすべてを承知している
前提の問いかけであり、平岡の返事も、どこのお嬢さんですかと聞き返すこと
なく 「私もそう思います」 と否定のないものだった。
「思うことがあって話をさせてもらった。迷惑だっただろうか」
「いいえ、話ができて良かったと喜んでいました……ありがとうございました」
「おまえに礼を言われるようなことはしてないよ」
「お母さんに話をしたんですか」
「いや、宗一郎が自分で伝えた方がいいだろうと思ったからね」
「そのつもりです。あの……」
父の様子から、珠貴に対して好感触がうかがえるが、果たしてそのままを信じ
ていいのか、いまひとつ確信がもてずにいる。