ボレロ - 第二楽章 -
珠貴と交際を続けることに異存はないのか、その先へ進むことを賛成してくれ
るのか父の胸のウチを知りたいが、なんと聞けばよいものか言葉が見つから
ず逡巡する。
「なんだ、聞きたいことがあるのならはっきりと言え。
せっかく気を利かせてこっちの車に乗ったんだ、
密談でも裏取引でもかまわないぞ」
「裏取引でもいいんですか」
「バカ、ものの例えだ」
仕事の話ならいくらでも話し合えるのに、自分のこととなると照れくささと遠慮が先にたつ。
情けないと思いながら、このもどかしさはどうにもならず、迷いのあとに出て
きた言葉はストレートなものだった。
「須藤珠貴との交際を、反対しないのかと思って……」
「反対されたいのか」
「まさか」
「宗一郎が選んだ相手なら反対はしない。
だが、お母さんはどう考えているのか、それは私にもわからない」
「そうですね。とにかく話をしてみます。当たって砕けろです」
「砕けてどうする」
運転席の平岡がプッと吹き出したためミラー越しに睨みつけると、失礼しまし
たと神妙な声があった。
とりあえず父の意向は確かめた。
たとえお袋が反対したとしても、味方を得た心強さが盾になりそうだ。
「彼女に、どのような用事ですか」
「聞いてないのか?」
「お父さんが好意的だったとは聞きましたが、そのほかは、お話できませんと言うばかりで」
「はは……おまえには筒抜けになるのかと思っていたが、私との秘密を守れる相手だったとは、これは嬉しいね。
そうか秘密にしてくれたのか」
私の反応を見て楽しんでいるのか嬉しそうな顔で、さも気を惹くような台詞
を転がしている。
そこまで言うのなら聞くものかと思うが、父と珠貴の間で何が交わされたのか
気になって仕方がない。
「そんなに気になるか。結婚記念日のプレゼントの相談をしたんだ」
「えっ、いつもは旅行なのに、どうしたんですか」
父にはまめなところがあり、夫婦のイベントを欠かしたことはない。
ふだん仕事で忙しくしている罪滅ぼしだと本人は言うが、お袋の喜ぶ顔を見たいというのが本当のところで、息子の目から見ても両親は仲の良い夫婦だ。
「珠貴さんが手がけるブランドのブローチを、おまえたちからお母さんに贈ったことがあっただろう。
あのデザインが気に入ったのか、スカーフを留める物も作ったようだ。
それほど気に入っているのなら同じデザイナーの作で、何かアクセサリーを頼めないかと思ってね。
旅行にも行くが、プレゼントも添えたら機嫌がいいんじゃないかと考えた。
女性を懐柔するには贈り物が最適だからね」
誰のためにお袋を懐柔する必要があるのか、あえて口にしない父に 「ありがとうございます」 と頭を下げると、まんざらでもない顔になり、コホンと照れ隠しの咳払いがあった。