ボレロ - 第二楽章 -


それにしても八木沢先生がご病気というのは本当だろうかと、急に話を変えた

父の話題に対応する。

車の中の安心感が、ほかではできない敏感な話を引き出したのだろう、珠貴か

ら聞いていた情報を伝えると 「そうか……」 と厳しい顔をしたが、

「あれだけの方だ。危機管理対策に怠りはないだろう」 と、もっともな意見

だった。

それから選挙区を支える地元企業の話に移り、そうなると父との会話はよどみ

なく進む。

真田大地と八木沢葵の件を話して聞かせると興味深そうに聞き入り、今ごろ

両者のトップ会談になっているかもしれないねと、自分の予測を楽しむ顔に

なった。



「トップ会談ですか。真田社長と八木沢先生がつながりを持てば、

地盤も強固になりますからね」


「それだけじゃない、親戚になればもっと強固だ。 

大地君を養子に迎えて、葵さんと一緒になれば向かうところ敵なしだ。 

八木沢先生も安心なさるだろう。

大地君なら立派に先生の跡を継いでいくだろうね」


「えっ、お父さんもそう思うんですか……」


「おまえも同じ意見だったのか」


「いいえ、彼女が……須藤珠貴が、八木沢先生は、

いずれ大地を婿に迎えるのではないかと

言っていたので」


「珠貴さんが、ほぉ、ますます気に入った」



満足した顔でうなずくと、週末お母さんと待ってるよと私にプレッシャーを

かけ、自宅前で車を降りた。

父の背中を見送りながら、大きなため息が出ていた。



「社長、楽しそうでしたね」


「あれは、絶対面白がってるな」


「それは言えてますね。社長に珠貴さんを紹介したんですね」


「思わぬところからバレた」


「バレたんですか?」



八木沢葵がシャンタンで私たちを見かけ、それを父に告げたのだと言うと、

『吉祥』 の客と 『シャンタン』 の会員の多くが重なってますからと、

平岡は納得のいく説明をつけ加えた。



「週末、いよいよ決戦ですか」


「戦いに行くわけじゃない」


「じゃぁ、直接交渉! いや、直談判ですね」


「あのなぁ、おまえも俺が慌てふためくのを面白がってるだろう」


「えぁ、まぁ」



気のおけない後輩の口は遠慮がなく、けれど深刻に話をされるよりよっぽど気

が楽だった。

蒔絵にデザインを頑張るように伝えておきますと、最後は頼もしい言葉を残し

平岡は帰っていった。



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