ボレロ - 第二楽章 -


週に二日も実家に顔を見せたのは久しぶりだ。

一人暮らしの気安さから実家へ帰るのも間遠くなり、いまでは月に一回も行け

ばいいほうだ。



「お兄さまのお帰りが嬉しいみたい。ご長男は大切にされていいわね」
 


帰るなり、静夏に ”お兄さま” なとどわざとらしい嫌味を言われたが、

お袋の様子はまさに静夏が言ったとおりで、いそいそと夕食の準備に余念が

ない。

だが、今日に限っては息子の帰りが嬉しいのではなく、息子の返事が待ち遠し

いのだろう。

父は……と見ると、今夜はダンマリを決め込むつもりなのか、広げた新聞を

たたむことなく、いつまでも紙面を眺めている。

早々にお袋から話を切り出されるだろうと踏んでいたが、思ったとおりテーブル

につくなり直球が飛んできた。 



「ねぇ宗さん、葵ちゃんとどんなお話をしたの? 

少しは踏み込んだお話ができたのかしら」

「葵ちゃん、相手がいるみたいだよ」


「葵ちゃんがご自分でおっしゃったの?」


「気がつかなかった? 大地だよ。

アイツ、親同士が決めた話が進んでるのかと思い込んで、

葵ちゃんを取り戻しに来たんだ」


「まぁ、葵ちゃんと大地さんが……そうでしたの」


「八木沢先生も大地なら気に入るんじゃないかな。

そのうち、婿養子ってことにもなるかもしれないよ」



回りくどい言い方では話が長引くと思い、珠貴の受け売りだったが一方的に

結論に持っていった。

お袋は、ただただ目を丸くして驚いている。

父は相変わらず黙ったままで、けれど口の端が微妙に動き笑いをたたえて

いる。

いつもなら口を挟む静夏も、今は成り行きを見守っているといったところ

だった。



「残念だわ。せっかくいいお話だと思ったのに……

でも、早くわかってよかったわ。 

それでは、ほかの方へお話をお持ちしてもいいわね。

気持ちの切り替えが大事ですもの」


「確かに気持ちの切り替えは大事だけど、

こっちがダメならそっちへって、それはどうかな」


「いいえ、こういうお話には流れと勢いがあるものです。

不思議なもので、お話があるときは続けてあるんです。

ほら、お正月にお会いした小浜さん、末のお嬢さんがご一緒だったでしょう。 

あちらもあなたのことを気にしていらしたみたいなの。だから……」


「まって!」


「どうしたの?」


「だから、待ってよ」



こっちは食事どころではないというのに、父は黙々と食事を口に運び、静夏は

面白い芝居でも見るように、お袋と私のやり取りを見物しながら口を動かして

いる。

どちらも助け舟を出してくれる様子はないようだ。


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